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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

「言ってはいけない」

私に限らず、社会科学や社会構造の議論をしていると必ず学力や入学試験の話などになってしまいます。

 

それは、繰り返しますが、現代社会が知識情報社会だからです。

 

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この本でも遺伝と学力の関係等についていろいろと述べてありましたが、この本の筆者も言っていますけど、「歌が下手なのは遺伝だ」とは言っても「ネタ」になりますが、「あの子がバカなのは親がバカだからだ」という事実は「言ってはいけない」のです。

 

論理構造は歌も学力も一緒のはずですが、残念ながら現代社会は知能や学力を過剰に評価しているので、この二者は同じようで同じ評価にはならないのです。

 

この手の議論がしにくいのは、必ず感情的な反論をする人がいるからです。

 

どうやら人間社会のルールとして、「あまりにも大切な事は言ってはいけない」という不文律があるようです。

 

例えば関西では「イジる」(ネタにする)文化がありますが、男性同士はお互いの顔などについてイジります。

 

「おまえほんまに不細工やなぁ。笑」

「そんなホンマのこと言わんといて。笑    まぁ、目が2つ鼻と口が1つづつあるからいいやんか。笑」

「そんなんみんなあるわ!笑」

 

といったやりとりは関西では普通ですが、同じような冗談みたいなやりとりを女子生徒同士で行っているところを見たことはありません。

 

また少女漫画では整形手術のネタがよく出てきますが、これも結局お互いの顔に女性がものすごく関心を持っていることの証左です。

 

それぐらい大切な顔の話は、お互いネタにして「言ってはいけない」のです。

 

ある意味、その人の人間としての尊厳にすら影響を与えるようなファクターだからこそ、学力の話も女性の顔の話もしてはいけないのでしょう。

 

私から言わせると、「冗談になっているうち」はまだ全然たいした差別じゃなくて、本当に大切なお話は冗談にすらならないのです。