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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

卑屈な人の心理について

たまに「私なんてえ」とやたらと卑屈というか謙虚な人がいます。

「いやいや、わたしなんて所詮○○ですからあ」

みたいな。

彼らは一見謙虚のようですが、私から言わせるとこういった人間こそ実は非常に自尊心と自己愛が強い困った人間だと思います。

そもそも自分をへりくだるのは、ただ単に自分を防御したいという「歪んだ自己愛」があるからです。

「偉大なる神に対する小さい人間」といった宗教的な謙虚さ以外のそれは基本的に全て見せかけです。

要は、自分を低く低く見せたほうが結局自分がうまく評価されるという計算があるからです。

また、よしんば本当に謙虚な気持ちを持っているように見えたとしても、心のどこかで「もっと高いところに行けたはずなのに低い所に甘んじている自分」を自覚しているからこその「私なんて〜」なのです。

ある意味本当に「私なんて〜」と思っている人はそんなことを口にすら出さないものです。

心の奥底で自信がある分野で、かつ理想レベルに届いていないからこそ、「私なんて〜」と低く見せて自分をかばっているのです。

 

自分から先手を打てば、相手から馬鹿にされる事はないわけですから。

 

「私なんてオバサンですから」、「私なんて所詮Fランですから」etc

 

先にこういう発言をして相手から馬鹿にされないように予防線を張っているのです。

 

こういった人間は、おそらく昔美人であったとか本当は自分が頭いいと思っている類の人間で、多少自信があった分野だからこそこういった屈折した発言につながるわけです。

 

これはやはり屈折した感情です


私は敬虔な宗教心以外に基づく「謙虚さ」などすべて見せかけだと思っています。

本当に人間の小ささを感じる瞬間は、宇宙や神といった本当に大きいものに触れた時だけだと私は思うからです。

私は卑屈な人は嫌いです。