読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

線引き問題について

今、生命科学の本を読んでいるのですが、「ES細胞を破壊するのは殺人に等しい」というテーゼについて考えています。(ip細胞の登場でそもそもこの議論自体が下火ですが)

 

こういった生命倫理の線引き問題というのは極めて恣意的で難しいですよね。

 

受精卵が生命のスタートだとすると、男性のマスターベーションによる精子の無駄遣いは「アリ」なのでしょうか?

 

男性のマスターベーションはキリスト教の原理主義の方から見ると「犯罪的な行為」です。

 

そのように考えると、受精卵ではなくマスターベーションの段階でアウトな気もします。

 

その一方で、刑法学ではあくまで胎児が女性の陰部から出てきた瞬間が「生命のスタート」と定義しています。

 

本来「グラデーション」でしかない段階的な変化を辿るもののどこかに線を引かなければならないわけですが、それは極めて恣意的であり困難です。

 

特に結論らしい結論はない雑感ですが、ちょっと思ったことです。