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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

「酸っぱいブドウ」という防衛規制

私は人間心理のいやらしさや闇を語るのが大好きなので、マウンティングなり嫉妬なりについて分析するのが三度の飯より大切

 

などという事はなく、三度の飯の次くらいに好きです。

 

人間は自尊心の塊で皆さん自分が大好きです。

 

何とかして自分は価値ある存在だと認めて欲しいと死ぬほど思っています。

 

もちろん私も自分が大好きで、私のブログは死ぬほど価値があるものだと「思いたい」わけです。(事実はどうであれ)

 

私は常々言っていますが、人間はさも一般論を述べているようで必ず「自分が有利な土俵」に周りを引きずり込むような主張をします。

 

斉藤孝や佐藤優があれだけ教養を強調するのは、それが自分にとって有利な土俵だからです。

 

ホリエモンが「男は顔ではなく財力」と言いたいのは、高校時代のように「イケメンがモテる世界」では自分が圧倒的に不利だからです。

 

お金持ちと結婚した女性は「なんだかんだ言ってお金持ちと結婚したほうがいいよ、子育てにはお金かかるし」と自分を肯定する意見を言います。

 

自分は短大卒で一流大卒と結婚したとある友人女性は

「お金はそこまでいらないけどやっぱり男は学歴は大切。でも女は頭より愛嬌」ともっともらしいことを言います。

 

起業して成功した人間は「今は会社に頼る時代じゃないよ、社畜なんてくだらねー」と起業の素晴らしさを吹聴します。

 

結局全ては「我田引水」で、自分が有利になる土俵で「俺を認めてくれ、拍手喝采してくれ、惜しみのない賞賛をしてくれ」というのが本音なわけですが、そういったあまりにも生々しい感情は恥ずかしいからこそ、かっこつけて「教養は大切」、「男は顔じゃない」と「一般論」でそれっぽいことを言うわけです。

 

斉藤孝も決して「僕ってこんなに本読んでるんですよー凄いでしょう。僕を教養人だと拍手してください!認めてください!惜しみのない賞賛をしてください!」と本当の事は言わずにオブラートに包んで「教養が大切」と言うわけですが、このセリフこそが嘘偽りのない本音でしょう。

 

逆に、人間は「自分に不利になる事」は決して認めません。

 

いわゆるニーチェのルサンチマンというやつです。

 

貧乏人は「金持ちは金に汚い」、「金持ちな社長は従業員を酷使してるから金持ちなんだ」、「人生お金だけじゃないよ」と吹聴します。

 

ホリエモンのような不細工な金持ちは「やっぱり男の価値は顔じゃないよ」と決して自分の弱みでは勝負しません。

 

ホントはお金持ちと結婚したかったのにお金持ちと結婚できなかった、「スネ夫女にすらなれなかった女性」は「専業主婦なんて夫に食わせてもらってるだけじゃない」といきがります。

 

私はペニスの太さには自信があるのですが、長さにはそこまで自信がないので、どういうわけだか「女の子は長さより太さの方が重要」という意見の方が無意識に肯定的に入ってきますし、「女の子は長さより太さらしいぞ」と無意識に語ります。

 

日本ではくすぶっていた「33歳独身女性」がアメリカに逃げ、白人の彼氏ができたりすると「もう日本人は無理〜」とマウンティングをするわけですが、結局日本では完全に相手にされないからこそこういう主張をしたくなるわけです。

 

こういった一連の発言を心理学では「防衛規制による合理化」と言うわけですが、私はこういった思考回路は人間である以上ある程度仕方ないと思っています。

 

私もどこかで自分を肯定するような意見を常に考えてるような気がします。

 

それはそれで人間の自然な感情でしょう。

 

しかし私が気になるのは、そういった「自分を肯定する言説」を一般論として他人に言ってしまうことです。

 

別に自分がどう考えようとそれは自分の勝手です。

 

ただ、それを他人に一般論としてもっともらしく主張した瞬間に、非常に情けなくなるわけです。

 

貧乏人がムキになって「金持ちは金に汚いんだよ」と言ってしまったら、それはあまりにも情けない行動です。

 

結婚できない女性が「結婚が幸せやゴールとは限らない」と言ってしまったら、それはあまりにも情けない行動です。(これは事実なんでしょうけどそれをその立場の人間が言ってしまったら「負け」ということです。)

 

別に自分を慰めるような意見を自分の心の中で大切にしているのは何の問題ありません。

 

やはり人間には「こう思いたい」というバイアスが必ずありますが、それは人間の心の自然な働きです。

 

不妊治療しても子供ができなかった夫婦は「子供がいない分2人の時間を自由に過ごせるね」と「思いたい」わけですが、これは極めて自然な心の働きです。

 

「子供ができなくて悲しい」、「一生貧乏で悲しい」と一生思い続けるのは虚しいですから、やはり防衛規制として自分を納得させるように自分の心は動くものですが、これは極めて自然なこと。

 

何も問題ありません。

 

しかし、問題はそれを他人に口外した時です。

 

「こう思いたい」という意見を他人に言った瞬間に、情けなくなるわけです。

 

人間は非常にプライドが高い生き物で、自分を慰めるような意見をどうしても他人に言いたくなってしまいます。

 

それは瞬間的ではありますが間接的に自分の価値が上がったような気になりますからね。

 

「金持ちは金に汚いんだよ」、「専業主婦なんて旦那に食べさせてもらってるんだよ」と言った瞬間に3秒ぐらいスカっとしますから。笑

 

しかし、その発言をした瞬間に相手は非常に冷めた目で「負け惜しみを言うプライドだけが高いくだらない人間だな」と思いますから、絶対に「酸っぱいブドウ発言」はやめないといけません。

 

大切なのは、自分の心理を自分なりに分析することです。

 

さっきのペニスの話じゃないですけど、「ああ、自分に都合が良いから俺はこうやって『考えたい』、『思いたい』んだなぁ」と自分の心の働きを自覚することが大切です。

 

「自分はこう思いたいから思っている」と自分のバイアスを意識することです。

 

「酸っぱいブドウ」ほど人間心理の本質はないと思いますが、「自分の中で思うのは自由、でも人に言った瞬間に死ぬほど情けなくなる」と自分を戒めましょう。