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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

「定義を言えよ」というマウンティング

よく議論をしていると、「じゃあGDPの定義について言ってごらん」といった「ほら定義を言ってごらんよマウンティング」をする輩がいます。

 

何かしらの言葉について定義が言えるというのは間違いなくその対象について理解してると言えます。

 

しかし、逆は必ずしも言えません。

 

「定義が言えないからその対象について全く理解していない」とは必ずしも言えません。

 

経済の定義は?

 

マソコの定義は?

 

GDPの定義は?

 

農地改革の定義は?

 

イオン化エネルギーの定義は?

 

民主主義の定義は?

 

イメージとしてわかっているもののなかなか具体的な言葉で定義を言うのは難しいものですが、定義を正確に言えないからその対象について全く理解していないということにはなりません。

 

議論で詰まった時に「ほら、定義が言えないじゃないか。それはわかっていない証拠だね」という反論はたしかに当てはまる時もありますが、必ずしも当てはまらないような気がします。

 

どんな対象にせよ、定義が正確にわかるというのはそんなに簡単なことではありません。