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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

思考にはレベルがある

モノを考えるときに、私はいくつかのレイヤーやレベルに分けるようにしています。

 

例えば、「性差別や人種差別が悪い」というのは普遍的な真理でしょうか?

 

文系の比較的良識人は、「そりゃそうじゃないですか」みたいな反応をおそらくするでしょう。

 

しかし、私は「現代の社会科学が依拠している人権思想等を前提にすれば、真理と言えるかもしれませんね」としか答えようがありません。

 

われわれは、日々食べるために牛や豚を殺しています。

 

また、真夏にゴキブリが部屋に出てきたら瞬間的に殺す人もいるでしょう。

 

こういったことが許されるのに「人間同士は平等じゃなくてはいけない」というのも冷静に考えてみたら不思議です。

 

平等思想と言えど、所詮何をどこまで前提とするかによってその妥当性は変わります。

 

「差別はよくない」ならもっと牛や豚を大切にしてもいいような気がします。

 

政治学や憲法学などで人権思想というのは、数学で言うところの「公理」のような扱いで、もはや当たり前の前提としてスルーされています。

 

なぜ人間は人権があるのか?

 

これについて憲法学は答えられていません。

 

公理だからです。

 

「人間は人間というだけで人権がある」というもはやトートロジーのような弱い根拠しかありません。

 

現代の常識では、牛や豚を殺しても罪には問われませんが、人を殺したら殺人罪です。

 

それは「動物と人間」の間に区別のラインを引いているからです。

 

しかし、そのラインを「人間の男性と人間の女性」ないしは「アフリカ人とアメリカ人」の間に引いてはいけない理由はなかなか論理的には説明しがたいですよね。

 

結局、そういった線引きは恣意的であり、あくまで「現在の社会科学の常識」という枠内でしか通用しません。

 

ちなみに、私は特に差別主義者というわけではありません。

 

もちろん日常レベルでは人種差別も性差別も良くないものだという前提で発言をしています。

 

しかし、「思考のレベル・レイヤー」を変えてみると結論や発想法そのものが変わってくるということを言いたいのです。

 

特に文系プロパーの人は「人間界」、「社会科学」という前提そのものを疑えていない人が非常に多いような気がします。

 

例えば、「子供を産めない女性は生きてる価値がない」という意見は間違っているでしょうか?

 

これも「普通の良識的な文系の人」は感情的に「とんでもない意見だ!女性差別だ!」と憤慨するかもしれないですが、それは人権思想や平等思想などを当然のように受け入れているからです。

 

「生物のレベル」で考えたら、子孫を残していない以上存在価値がないのは自明です。(ただし、自然界に「価値」という概念はないですから、少し表現を変える必要がありますが)

 

これは抗いがたい事実です。

 

ただし、今度は理系プロパーの人にありがちな傾向ですが、「生物や自然科学のレベル」の思考が100%正しいわけでもありません。

 

やはり「人権思想や平等思想を前提とする限り」という条件付きでは「子供を産めない女性は存在価値がない」という発言は問題があります。

 

要するに、何が言いたいのかと言うと、正しい思考というのは前提とするレベルやレイヤーによって変わってくるのです。

 

何か議論するときに、「この議論はどのレベルの議論なのか?」という確認はお互いしたほうがいいでしょう。

 

ちなみに、子供が産めない女性についての話ですが、宇宙レベルで考えていくと、ご存知の通り太陽にも寿命があり、それに伴って地球にも寿命がある以上、別に子孫を残しても残していなくてもある意味大差ないなと私思ってますけど。

 

哲学レベルで考えると、子供がいようがいまいが「この私」が死んでしまったらある意味それで全て終わるという感覚もあります。

 

ハイデガーではありませんが、「自分が死んでも子孫がいる」という発想は哲学的には「逃げ」であり「敗北」です。

 

「この私」が死ぬ、という事実は何人子供や孫がいようと変わらないからです。

 

繰り返しますが、正しい結論というのは前提とする議論のレベルによって変わってきます。

 

良識的な文系の人は「人間や社会」というレベル「だけ」でモノを考えがちですし、理系馬鹿な人は自然科学や唯物論的な考え方にコリ固まっている人が多いような気がしますから、月並みですが、幅広い視野でものを考えることが大切ですね。

 

結論は極めて穏当になりました。笑