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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

世の中の受験や学歴の話はなぜ滑っているか

私も元予備校講師で受験産業に従事していた人間なので、下ネタのように受験や学歴の話をしてしまいますが、私に限らず受験や学歴の話は都会のホワイトカラーの人間から見るとなかなかの関心事のようです。

 
これも結局、我々が生きている日本社会というのが知識情報社会だからでしょう。
 
世の中には、学歴や受験学力に関して様々な言説がありますが、私から言わせるとそもそもの議題設定や論点そのものが「滑っている」と感じます。
 
何故なのでしょうか?
 
理由は明白です。
 
それは議題設定が、極めてルーズだからです。
 
よく「社会に出たら学歴なんて関係ないから」と言う意見を聞きますが、こういった意見を言いたがる人は、おそらく無意識のレベルで「受験学力と仕事の能力の相関はない」と言いたいのでしょう。
 
また、こういった意見もよく聞きます。
 
「勉強ができるのと頭がいいのは違う」
 
これもよく聞く意見ですが、これはどうやら「(そんなものがあるのかよくわかりませんが)頭の良さと受験学力には相関がない」と言いたいのでしょう。
 
私が「世の受験や学歴の話は滑っている」と言いたい理由がもう既にお分かりでしょう。
 
学歴や受験の議論をしたい人は、そもそも何の比較をしたいのかすらよくわからずに議論をしているのです。
 
それは高学歴で学歴を肯定したいバイアスがかかっている人も、低学歴で学歴を否定したいバイアスがかかっている人も同様です。
 
主にこの手の話をしたい人は、要は受験学力や学歴と何かしらの能力の相関のお話をしたいわけですが、受験学力と何の相関の話をしているのか、という議題設定が極めて曖昧です。
 
大きく分けても、受験学力と特定の能力との相関を議論したい人は、無意識に以下の4つの能力を想定していますが、論者によって何を意識しているのかがマチマチです。(細かく分けたら7つくらいになりますが)
 
受験学力と仕事能力の相関の話。
 
受験学力と教養レベルやIQの相関の話。
 
受験学力と年収やブランド力の相関の話。
 
受験学力と人間性の相関の話。
 
これらはそれぞれ微妙に相関関係が異なってくるわけですが、世の中のほとんどの人間はこのどれについてお話をしてるのかよくわからないまま「学歴なんて関係ない」、「いや、やっぱり学歴は大切だよ」と全く意味不明な議論をしています。
 
私から言わせると、この4つのどの論点について議論するかによって、学歴とその他の能力との相関は変わってきます。
 
また学歴と仕事能力の相関について語りたがる人は多いですが、「仕事」と言っても、官僚や弁護士のようなペーパーワークの仕事とAV男優ではまるで求められる能力が違いますから、そもそも「仕事と受験学力」という議題設定ですらまるで甘いです。
 
官僚や弁護士あたりなら受験学力と仕事能力の相関は高いですし、AV男優やホストならその相関関係はほとんどないでしょう。
 
官僚や弁護士に偏差値が必要なら、AV男優に必要なのはペニスのデカさや顔ですから。
 
私はざっくり言って、本当に頭を使った仕事(医者、弁護士、官僚、SE、トレーダーなど)以外は受験学力と仕事の能力の相関はかなり低いと思っています。
 
仕事はIQよりEQですから。
 
よく「受験学力が高い人は粘り強い」とか「学歴が高い人は我慢する能力が高い」とか言われますが、これは半分正しく半分間違っています。
 
私の友人でもスポーツでは死ぬほど頑張れたのに勉強ではあまり踏ん張れない人は結構いましたが、結局「粘り強い」とか「努力できる」というのも自分の得意分野かどうかにかなり依存してると思いますから。
 
私なんか自分が興味のないことに関しては全く努力ができない人間ですから、たまたま自分が知的なことに関心があって良かったと思ってますけど、自分が関心がないことがもし社会の中心的な価値であったら、と考えると自分は幸運であると言わざるをえません。
 
まとめると、本当に頭を使う仕事以外は、あまり仕事能力と受験学力の相関はないような気がします。
 
では、教養レベルと受験学力の相関はどうでしょうか?
 
これは非常に高いと思います。
 
残念ながら低学歴で稼げる人はいますけど、低学歴で教養に満ち溢れた人に私は今だかつて出会ったことがありません。
 
厳密には「受験学力が高いから教養レベルが高い」とは言えませんが、「受験学力が低いとまず間違いなく教養レベルが低い」という相関はかなり高いと思います。
 
高校生の時に三角関数や微分積分を習っても時が経って忘れてしまう人はいますが、高校生の時にそれらをちゃんと学ばなかった人が、30歳になって突然学び始めるという事はまずないと言っていいでしょうから。
 
ただ「教養レベル」というのも極めて曖昧な概念ですから、これは私の主観と言わざるを得ませんが。
 
また、IQと受験学力に関しては、教養レベルと受験学力に比べたらや相関関係は低いでしょう。
 
パズルや算数が得意でも必ずしも受験学力が高いとは言えないからです。
 
ただ、もちろん緩やかな相関関係はあります。
 
では人柄と受験学力の相関はどうでしょうか?
 
これは不都合な真実ですが、教養と受験学力の相関ほどじゃないですけど、残念ながら受験学力が高い人の方が平均的に「まともな人間」が多いというのは否定できません。
 
約束を守るかどうか。
 
粘り強く我慢するかどうか。
 
こういった人間として大切な特性はある程度受験学力と比例してるものです。(「粘り強く我慢する能力は分野による」と上で言ったばかりですが、これは「世の中の人間が思ってるほど受験学力と粘り強さに相関がない」という意味で、まぁ「緩やかな相関」があるのは事実です)
 
ただ、私が思うに、これらの相関はあくまでも文字通り相関関係であって因果関係はないと思われます。
 
つまり、「勉強をやってるから人間性がまともになる」わけではなく、ただ単にそれなりのしつけをするような家庭環境で育った人間は結果的に学歴が高くなっているという相関関係があるだけだと思いますけど。
 
ただ、この相関関係はかなり対数的な気がします。
 
偏差値55以上の受験学力の人同士なら、人柄の相関関係は全くと言ってほどありませんが、要は極端に学力が低いような層はそもそも性格や人柄に問題がある場合が多いということです。
 
そして最後に年収やブランド力と学歴・受験学力の相関ですが、これは完全に正の相関があると言っていいでしょう。
 
これに関しては議論の余地すらありません。
 
最後にまとめると、世の中の受験や学歴の話は「論点」や「比較対象」が極めて曖昧であるがゆえに滑っています。
 
特にこの手の話は、高学歴の人間は受験学力や学歴を肯定したいバイアスがかかり、低学歴の人間は逆のバイアスがかかるという意味で、余計に「感情論」になるわけです。
 
しかし、我々が生きる「知識情報社会」において、受験学力や学歴の話は、「日本の教育」や「生き方」、「子育て」というレベルに影響を与えるなかなか大きなテーマですから、できるだけ冷静で正しい議論をするべきですね。