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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

別に差別はいいのだ。ダメなのは、、

アメリカにいる斉藤君から最近聞いた話ですが、やはりアメリカでは人種差別というのが厳然と存在していて、白人はアジア人や黒人を腹の底では見下してるらしいのです。

 

我々は見下される側ですから良い気分ではないですが、私は基本的に感情レベルで差別や蔑視というものは永遠に人類からなくならないと思っています。

 

あえて言うなら、心の中でどれだけ人を見下していても差別していてもそれ自体は全く問題ありません。

 

憲法学でも思想良心の自由と表現の自由は厳然と区別されていますが、やはり口や態度に出すかどうかが問題なのです。

 

斉藤君から聞いた話ですが、やはりアメリカでも教育を受けた人間は、あからさまにアジア人を馬鹿にするようなことはしないらしいのです。

 

ただ、アジア人に成績で負けたりすると、白人に負けるよりものすごく悔しそうな態度になるらしいです。

 

「格下の猿に負けた」という感覚なんでしょうか。

 

しかし、私はその程度であれば別に許容範囲かなと思っています。

 

本当に教育を受けていない層の人間は、あからさまな差別というか侮辱をしますからね。

 

日本人でも「部落だ」、「在日だ」とあからさまな差別発言をする人間ははっきり言って低学歴です。

 

このように私も低学歴を馬鹿にしてるわけですが、別に低学歴の人に向かって直接言うはずはありません。

 

ブログというのは不特定多数に向けたものですから、さすがに誰一人として気分が悪くならないような中身というのはほぼ不可能です。

 

ですから、私もブログで特定の属性の人間を馬鹿にしたりしてますけど、まさかその属性の人間に向かって直接的に侮辱するはずがありません。

 

「いやあ、君チビだねえ」

「これだから低学歴は」

「この女ブスだな」

「なんでこいつ歯医者のくせに生意気なんだよ」

etc

 

いやあ、私も心の中ではなかなか侮辱的な思想を持っている人間ですがw、あからさまに侮辱発言などは絶対にしません。

 

現実的な目標として、「差別の心を持たない」のは不可能ですから、大切なのは表面的にでも友好的な態度を取ることです。

 

表面的な態度でも、やはりそれはあからさまな侮辱とは全然違うのです。

 

断言しますが、地球上からカーストもマウンティングもイジメも戦争も差別もなくなりません。

 

ですから、大切なのはセカンドベストの選択でしょう。