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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

どこで承認されるか

今日たまたま松本くんという友人からコメントをいただきちょっと投稿のインスピレーションがわきました。

 

ひとつ前の投稿で、「承認をコントロールする」というお話をしましたが、基本的に人間の評価というのは相対的なものです。

 

その「相対的」という意味は、人との比較で決まるという意味だけではなく、「場所」や「土俵」による、というニュアンスです。

 

私のように高いレベルでサッカーをやっていて、その中で下手くそ扱いされていた人でも、草サッカーをやればヒーローです。

 

5,6年前に草サッカーのチームに入っていましたが「ああ、俺でもここなら『めっちゃうまい人』になれるんだ」と非常にニヤニヤしていました。

 

結局のところ、評価というのは相対的ですから、自分が勝てそうな土俵で勝負するということが大切です。

 

私は、自分があまり評価されない、ないしはドヤ顔ができない土俵ではあまり勝負せずに、自分が勝てそうな分野で勝負するようにしています。

 

また、「普段顔を合わせる人間」にどう思われるかというのも大切です。

 

(もし該当する人がいたら個人を侮辱する趣旨ではないのでちょっと許して欲しいんですけど)、私から言わせると、病院勤務の男性の薬剤師とか、法律事務所で働く司法書士とか、ノンキャリアの公務員とか、地上で働く航空会社の女性とか、はかなり不思議な人です。

 

もし私がその立場なら常に劣等感を感じながら生きるような気がするんですけど。笑

 

明らかに同じ土俵で格下の人間扱いされるわけですから、少なくとも私は絶対に嫌ですね。

 

結局劣等感を感じるかどうかというのも、「日々顔を合わせるかどうか」がかなり大きなポイントだと思います。

 

私は常々言っていますが、東京カレンダーの世界のように東京の人間が生きにくいのは、スーパーサイヤ人級の猛者がうじゃうじゃしているからです。

 

弁護士、官僚、ハーバード卒、東大卒、MBA、タワマン、ポルシェetc

 

この程度のスペックなんて別に際立ってすごくはありませんからね。

 

「あの人、京大卒で代官山のタワーマンションに住んでいて、英語もペラペラで、馬持っているんだよ」なんて紹介されたところで、この程度ではドラゴンボールで言うところのピッコロくらいであって、ベジータやフリーザに出てこられたらひとたまりもありません。笑

 

私のセカンドハウスもドヤ顔で自慢なんてしてしまうと本物の金持ちから鼻で笑われるので、あくまで小さく小さく自慢します。笑

 

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女の子だってモデル級の可愛い子が雨後のたけのこのように東京には「普通に」いますから、「地元でかなりかわいい」くらいでは全く「港区の可愛い子レース」の土俵に立てません。

 

金沢では評判の美人も、東京では「その他大勢の可愛い子のうちの一人」でしかありません。

 

結局、都会が人を不幸にするのは、地位や富、顔といった画一的な基準で人をランク付けして、みんなその中の「高いレベルの相対評価」でもがき苦しむからでしょう。

 

東京カレンダーは本当に「東京のど真ん中の世界」そのものです。

 

そのように考えると、圧倒的に勝つ自信がある人以外は東京ではなく地方で悠々自適な生活をした方がずっと人生の幸福度が上がるような気がするのです。

 

「東京の港区で年収1000万円」

「島根県や宮崎県で年収350万円」

 

の二者択一なら、私は確実に後者を選びますね。

 

「年収350万円じゃ暮らせないよ」なんて東京の人は言うでしょうけど、別に地方にいたらお金なんてそもそもかかりませんからね。

 

東京で年収1000万円の方が主観的にはもっとお金がない感覚です。

 

東京は、冷戦時代の核競争さながらのレベルで「見栄張り代」が異常にかかりますから。

 

私も高知県や宮崎県に住むのはアリですけど、東京の足立区には住みたくないですし、東京にいるからには変な車には乗れませんし、しょぼいレストランじゃデートもできませんし、、、

 

などと考え始めると、やはり東京はよほど聖人君子じゃない限りお金が無限に必要なのです。

 

繰り返しますが、結局人は身近な他者を基準にものを考えますから、別に島根県や石川県にいれば「ニューヨークや東京にこんなに凄い奴がいる」なんて伝聞で聞いたところで何とも思いません。

 

それはちょうど「火星にはこんな生き物がいる」程度のリアリティーでしかないのです。

 

地方にいれば、「東京やニューヨークのスーパーサイヤ人級のエリート」などは恐竜や人魚みたいなものです。

 

リアリティーがないから相対評価による劣等感にさいなまれることもありません。

 

自分はどこにいたら一番幸せになれるのか。

 

この土俵設定を間違えるほどコスパの悪い人生もありません。

 

(※一部の鋭い読者の方は、「加藤、貴様、ちょっと前に年収500万円以上なら幸福度は変わらないって言ってたじゃないか」という一見矛盾に見える矛盾を指摘されるかもしれませんが、矛盾はしておりませんので。これについてはまた論じたいと思いますけど)