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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

もしこれがあったら

よく「○○さえあれば幸せになれるのに」と考える人がいます。

 

「年収があと200万円高ければ幸福になれるのに」

「もうちょっと身長が高ければモテる(し、それに従って幸福になれる)のに」

「スペックが高い男性と結婚すれば幸福になれるのに」

etc

 

私はこういった思考回路の人は一生幸せになれないと思ってます。

 

エチオピアの子供や特攻隊で散っていった若者のような悲惨な状況にあるわけでもなく、目が見えないとか足が1本ないとか肝臓が半分動いていないとか、そういったレベルの不幸があるわけでもないのに、五体満足で毎日食事が食べられるのに「○○があれば」といった発想の人は、どうせその○○が手に入ってもそれがデフォルト化し、別の○○が欲しくなります。

 

「あと200万円年収が増えれば幸福になれる」と言っている人はその目標を達成してもその3年後にはまた同じことを言っているはずです。

 

「年収1,000万円になれば幸せになれるのに」が今度は「年収2000万円になれば幸せになれる」になり、しまいには「あそこの山が手に入れば幸せになれるのに」と欲望は尽きることがありません。

 

洋服やブランド物好きな女性に典型ですが、人間の欲望は無限大です。

 

どうせ1つの欲望を満たしてもまた別の欲望が湧いてきます。

 

そう考えると、発想を転換して、欲望を満たすよりも「どうせ欲望は全て満たせない」と悟りを開くことが幸福への道のような気がします。

 

そんなことよりも、好きなことをしたり子供と遊んだり、欲望の充足と別次元の幸福を追い求めるほうがずっと良い人生なのではないかと思います。

 

「足るを知る」と言いますが、自分の中のミニマムラインの欲望を満たしたら、あとは無限に続く欲望を満たすよりも、他のことに幸福を見出したほうがずっと楽だと思います。

 

「○○があれば幸せになるのに」と言っていると、永遠に幸福になれません。