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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

30年前の人気企業なんて?

よく言われてる話ですが、30年前に就職先人気ベスト10の企業のほとんどは今ベストテンにすら入っていませんし、存在してなかったりします。

 

この事実を持ってして「だから人気企業なんて行っても仕方ない」と判断する人がいます。

 

しかし、これはちょっと早計かもしれません。

 

たしかに、いま人気があったり就職が難しい企業が30年後も安泰である保証などありません。

 

私も別のところでそういうことを言っています。

 

しかし、私が意図しているのは、「大企業や有名企業に行ったからといって、一生安泰だと思って自己研鑽を怠る愚に陥らないように」という趣旨であり、「大企業よりベンチャーだよ」などと言うつもりはさらさらありません。

 

やはり選べるならとりあえず大企業に入るべきだと思います。

 

「あの長銀も潰れたじゃないか」などと言うのはちょっと極例ではあります。(私も同じようなことを言う時がありますが趣旨は上に述べたとおりです)

 

本来この手の話は「30年前の人気ベスト10企業」と「30年前のアットランダムに選んだ10企業」を比べないと意味がありません。

 

(アメリカ人の身長と日本人の身長を比べる時に、それぞれアトランダムに10人ずつ位を連れてこないと比較にならないのと一緒です。

 

アメリカ人の身長が低い人と日本人のバスケットボール選手の身長を比較してもフェアではないですから。

 

まさかアメリカ人の身長が低い人10人と日本人の身長が高い人10人の平均を比較して「日本人とアメリカ人もたいした身長変わらなくね? てか、日本人の方が高くね?」というのが間違いなのと一緒です。)

 

そのような「公平な比較」をすれば、30年前に存在していた、アットランダムに選んだ10企業のうち8社くらいはランキング以前に存在すらしていないわけです。

 

たまたま人気ベスト10が入れ替わっているからといって「だから大企業に入っても仕方ない」という推論は論理ミスと言わざるを得ません。

 

また、大企業の場合は、「企業単位」では潰れていても結局「そこにいる人」は簡単に転職ができます。

 

長銀が潰れたといったところで、長銀にいた事実がキャリアでは活きるわけです。

 

リーマンショックの時も、私の友人でリーマンを辞めた人が何人かいますが、誰一人その後のキャリアに困っていません。

 

また、そもそも一流企業や人気企業に入れるという事実が「ポテンシャルは高い」ということを証明しています。

 

たしかに、一流企業にいるから仕事ができるとは限りませんが、やはり何千人とエントリーがある中で生き残っている50人や100人ですから、「平均的には」やはり能力が高いのは事実です。

 

大企業をやめても、経歴としてそれなりに役に立つのはそういう意味もあります。

 

言うならば「一流大学中退」みたいなニュアンスですね。

 

数日前に私は、「日本の給料なんて新卒で入った会社で決まっている」と本当のことを言いましたが、一般論で大企業に入る意味はまさにここにあります。

 

別に大企業にいるから「個人として仕事ができる」とか「個人としてすごい」というわけではなくとも、ただ単に大企業にいるという事実が高所得を保証しているわけですから、これから選択する学生なのであれば、大企業を選ばない理由はないでしょう。 (そこで揚げ足を取るように、「お前、別に所得が高くても幸福にはならないと言ったやん」などと言わないでください。そんな反論は「予想済み」ですが、別に同じ労力だったら所得が高いに越した事はありませんから。「年収と幸福度は比例しない」というだけで、同じ労力で手に入るなら高所得のほうがいいに決まってますよね。「3倍努力して3倍の所得を得る事は馬鹿らしい」という趣旨ですから、私が言っているのは)

 

私はそのように思っています。