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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

寿命について

人間誰しもが「自分はいつまで生きられるんだろう」と考えるものです。

 

私はアラフォーなので、平均寿命であと40年位。

 

40年後にはAIや医療技術が発達してると考えると、ひょっとしたら大鏡よろしく200年ぐらい生きられるかもしれませんが、まぁ短い方を前提に考えた方がいいでしょう。

 

究極的には交通事故で明日死ぬかもしれないという可能性は否定できないわけですが、そういった特殊なケースは抜きにして、人は何歳まで生きたら満足なんでしょうか?

 

これはたまに考えます。

 

私は常々人間の欲は無限大だと言っています。

 

今の「想像の世界」ではあと40年生きれば充分だと私は思っていますけが、やっぱりその時になったら「あと1年くらい生きたい」というように生への執着心は死ぬまで消える事はないでしょう。

 

モノは考えようで、あと40年だろうがあと60年だろうが、「終わりがある」という意味では究極的にはあまり変わらないのかもしれません。

 

しかし、私が思うに、今の社会通念や常識考えると、やはり60年というのが1つの目安だと思います。

 

この手の線引きは「なぜ55じゃなくて62でもなくて60なのか?」という恣意性の問題が必ず生じるのですが、「およそ60歳」と解釈してください。

 

およそ人間が何かを成し遂げたり充実感を得る上で、「60年で足りない」ということはないと思うのです。

 

60が70に80にと伸びたところで、もちろん日々生きていて小さな幸せはあると思いますが、究極的に「人生でこれがやりたい」ということができるかという意味では、60も70も80もあまり変わらないのではないかと思っています。

 

しかし、やはり45では明らかに短い。

 

あらゆる分野で一流と呼ばれている人が大体50〜60歳位で完成形に至る場合が多いことを考えると、この数字に全く根拠がないと思いません。

 

会社の経営者も、物書きも、料理人も、大学の研究者も、やはり完全に油が乗り切るのはこの辺の年齢でしょう。(もちろん20代や30代から本気で努力しているという前提で。ちなみに、数学者やスポーツ選手のように完成形が明らかに若い時に訪れる職種等もありますけど、やはり平均したら50歳位が多いと思うのです。)

 

そして手厳しいですが、50〜60歳までにできなかったことが70歳〜80歳になって突然できるようになるということは通常考え難いです。

 

50歳までに英語ができなかった人が突然65歳になって異常なまでに英語ができるようになる、とか50歳までに全く本を読まなかった人が突然62歳から読書家になる、などという事は通常あり得ません。

 

「始めるのに遅いことなんてないよ」というのは典型的な商業主義の決まり文句ですが、ある程度重いこと(勉強とか起業とか)に関して言えば、40歳までに着手すらできなかったことがそれ以降の人生で急に花開くなどと言う事は「絶対に」と言ってもいいレベルの確率でありえません

 

私もいくつか人生でやりたいことがありますが、やはり遅くても50歳くらいまでが勝負だと思っています。

 

特にまとまった結論があるわけじゃないですが、寿命についてちょっと考えてみました。