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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

自慢は情けないと言うけれど

今日たまたま読んだ本で

 

モテる男性は自慢なんてしないし、社会的地位や年収等をわざわざ自慢するようなやつは大してモテない奴だ

 

という意見を耳にしました。

 

まぁ私も半分ぐらいこういった意見には同意しますが、これも「程度問題」かなと思います。

 

確かに自慢をする人間も情けないですが、私から言わせると自慢を嫌がる人間も「小さい」と思います。

 

正直「目くそ鼻くそ」です。

 

そもそも社会人の自慢というのは「事実の報告」です。

 

例えばことあるごとに「僕の会社である三菱商事では」、「僕が財務省時代に」とつらつらと語るのは確かに情けないかもしれません。

 

しかし、世の中には無限に人間がいて、しかもわけのわからない人間も山ほどいるわけです。

 

その中で、やはり資格、職歴、学歴、住所、勤務先といった情報はどうしてもシグナル効果として不可欠だと私は思っています。

 

初対面の人間に「私は三菱商事です」、「私は早稲田卒です」、「私は表参道在住です」と「一度だけ」伝えるとしたらそれは決して自慢でも何でもありません。

 

何度も何度もそのネタを引っ張ったら自慢かもしれませんが、少なくても聞かれていないからといってちょっと触れただけで「あー、聞かれてもいないのにわざわざ言っちゃって〜」と言いたがる人は逆にそういったところにコンプレックスがある小さい人でしょう。

 

また、そもそもそういった情報は他人からは聞きにくいのです。

 

「お住まいはどちら?」

「勤務先は?」

「出身校は?」

 

こんな事は普通仕事以外で初対面の人間に聞きませんから。

 

しかし、こういった情報が「人となり」を一定程度表しているのは事実なわけですから、こういった情報を他人に伝えるというのは、例えて言うと「名刺を出す」程度の意味しかありません。

 

こういった情報を何度も何度も垂れ流すようであれば、それは「うざい自慢」ですが、一度言及する位で目くじらを立てるのも逆に小さい男です。

 

これぐらいのことで「自慢するな」と言い始めると、論理的には「美人は顔を隠せ」と言うのと変わりません。

 

仕事も職歴や学歴も、「一度だけ言及する」なら事実の開示でしかなく自慢でも何でもありません。