読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

ここ数回の記述の補足について

ここ数日間、一定以上から先は年収を増やしてもそこまで幸福度は上がらないし、あくせく働いて年収を増やしても仕方ない、といった趣旨のことを述べてきましたが、自己批判というかあえて自分の言ってることに反論します。

 

まず、こういう言い方も嫌な言い方ですが、どうしても私の場合は自分の所属するコミュニティの人間の年収や社会的地位が高く、年収500万円以下の友人などはほとんどいませんから、「500万円を2000万円に、って言うけど、年収500万円って前提おかしくね?」と反論する人もいるでしょう。

 

これは全くその通りで、日本人のほとんどは「年収300万円で暇もない」ケースが大半でしょうから、私の言ってることが当てはまる人は実は数としてはそこまでいないのかもしれません。

 

これは認めざるを得ないでしょう。

 

次に、私の場合はそもそも仕事が面白くないという前提でお話を進めていますから、「あくせく働いて年収2000万円よりはそこまで頑張らないで年収500万円でいいのでは?」と申し上げましたけど、もちろん仕事が純粋に楽しいのであればどんどん働いてどんどん年収を増やすのも1つの案かもしれません。

 

ただ、私はこのブログでも何度か言ってますが、仕事が純粋に楽しいという事は普通にありえないことだと思っています。

 

「仕事が楽しい」と言っている人は、社会的にそれなりに恵まれていてステータスも年収もあるような人ですが、彼らは結局純粋に仕事が楽しいわけではなく、「仕事から付随する何か」が楽しいわけです。

 

例えば合コンで三菱商事だと名乗ったらモテるじゃないですか。

 

飲み屋でもチヤホヤされるじゃないですか。

 

だから仕事そのもの自体はよく良く考えてみると大した事じゃなくても自分の中ではものすごく仕事が楽しく感じられる訳です。

 

三菱商事や電通の「仕事本体」はそのままで、年収はカフェの店員並になり、そして社会的な評価もコンビニの店員やカフェの店員並になると仮定してみて下さい。

 

絶対みんな「仕事が楽しい」なんて言うわけないですよ。

 

逆にヤマトの引っ越し屋さんの仕事が電通や三菱商事位の社会的な地位があり、そして年収1000万円で、合コンでも女の子に「わあ、あのヤマトなんだー」と毎晩ちやほやされてみてくださいよ。

 

「いやさ、俺たちって引っ越しっていう人生の重大事に関わっているすごく大切な仕事をやってると思うんだよね。こんなにやりがいのある仕事はないよ」とうぬぼれるかもしれません。笑

 

仕事の楽しさなんてかなりの程度仕事そのもの以外の要素に左右されますから。

 

林修が「予備校の仕事なんてつまらない」と自虐的に語っていますけど、これも結局予備校講師の地位が低いからであって、やっている仕事の中身が、広告を作ったり、石油を売り買いするのより圧倒的にやりがいがないはずはないんです。

 

まぁ私から言わせるとどっちも同じ位つまんないですけど。

 

基本的に、プロ野球選手や歌手、大学の研究者といった「仮に10億円明日振り込まれて、それ以降お金をもらわなくてもやりたい仕事」以外の仕事の「楽しい」なんて所詮「お金がもらえる仕事の中では楽しい方だ」という域は超えないと思っています。

 

子供と遊んだりサッカーをしたりしている楽しさと比べて仕事が楽しいはずがありません。

 

あくまで、道路工事の仕事をする位ならきれいなオフィスで広告を作ったり会計士をやったりする方がマシかなという程度の意味で「楽しい」わけです。

 

ちょっと話が飛躍しましたが、結局まとめていくと、

 

・私が話している前提である「年収500万円」ですら日本人の平均からはかけ離れており、私が言っていることが当てはまるのはごくごく1部の人にしか過ぎないということ。(これをどうするべきかは政治の話でしょう)

 

・もし仕事がそこそこ楽しければ労働時間が長くてもいいかもしれない。

 

・でも本当に仕事が楽しいなんてありえるのかな?という疑問。

 

このようになりますね。