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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

学者様

先程のブログでお勧めしていた本にも書いてありましたが、やはり専門的な分野に関しては、学者(大学教授)が書いた本が圧倒的にオススメです。

 

なぜなのか?

 

それはピアレビューの厳しさにあります。

 

私はブログや本を書いたりしてますが、残念ながらかなりレベルが高い人間にどんどん間違いを指摘されるような事はありません。

 

基本的には「書きっぱなし」です。

 

一般の書籍であっても、経営者や在野の物書きが書いたような本は、やはり学者が書いた本に比べるとどうしても質が低くなります。

 

しかし、学者の場合は、ピアレビューと言って同じようなレベルの学者に間違いをどんどん指摘され、それによって議論の精緻さを高めることができます。

 

たまに学者になれなかった予備校講師が負け惜しみで「学者の世界は権威的だ」、「学者は簡単なことを難しく言う」などと評しますが、全く当てはまらないことはないですけど、やはり学者のピアレビューの厳しさはそれなりに価値があるものです。

 

Facebookのおしゃべりや飲み屋での哲学談義とはちょっとレベルが違うんです。

 

そういった意味で、いわゆる学術的な分野に関してはまずは学者が書いた入門書を読んでみることをお勧めします。

 

入門書だからといって素人が書いたような本とはやはりレベルが違います。

 

本当にわかっている人が初心者向けに書いた本と独学で勉強した人が初心者向けに書いている本では正確性が全然違います。

 

とは言うものの、学者以外の人間が書いた方が意味がないかというと、そうではありません。

 

例えば、哲学とか社会学とか大学の学部名にもなってるような学問分野に関しては、正直一般人でどれだけ知的レベルが高い人間でも絶対学者には勝てません。

 

一般書に価値があるとすれば、「人生論」や「生き方」といった特定の学問分野からはこぼれ落ちるような「谷間の分野」でしょう。

 

それか社会科学を横断するようなインターディシプナリーな領域のお話ですとか。

 

分野を横断するような視点に関しては逆に学者さんの弱みでもありますから、そこに関しては経営者や物書きが書いた一般書もそれなりに存在価値があるでしょう。

 

佐々木俊尚や ちきりん あたりはそういった意味で需要があるでしょう。

 

私も今後本を書かせてもらうような機会があれば、こういった方向性になるでしょう。

 

間違っても哲学や思想等でプロの学者に勝負するなどというのは、夜郎自大ですからね。

 

小物の学者は別として、本物の学者の本はやっぱり凄いですよ。