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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

身近な友人の死

ちょっと重い話なのですが、つい数日前に私のすごく仲良くしている友人が急逝しました。

 

会社を辞めて資格試験の勉強をしてる最中だったのですが、突然の心筋梗塞で朝起きていたらなくなっていたようです。

 

「どうせ死ぬとわかっていたら手段としての試験勉強なんてやらなかったのだろうか?」

 

私はちょっと考えてしまいました。

 

しかし、未来というのはまだ訪れませんが、彼の心の中には存在していたのです。

 

資格を取って社会で活躍することを夢見て勉強していましたが、ある意味未来は既に彼の心の中に存在していました。

 

だから、その未来へのステップとして、たとえ夢が叶う前に死んだとしてもその勉強に意味がなかったとは思いません。

 

人間は、過去・現在・未来と単純に分けることができない生き方をしています。

 

過去のこともアリアリと思い出せば「現在」ですし、未来のことも現在リアルに思い描いていればそれは「現在」でもあります。

 

人間の生き方とはそういうものです。

 

「明日地球が滅びるとしても私はりんごの種をまくだろう」というゲオルギウの有名な言葉がありますが、彼が死んだことにより私はその意味がすごくわかるようになった気がします。

 

われわれは未来の自分を描きながら生きる存在です。

 

だからこそ、明日死ぬかもしれないけれども、遠い未来を描きながら生きるほかないのです。

 

友人の冥福を祈りながらちょっと考えてみたことです。