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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

難しいことをやさしく?

今日たまたま手に取った本で、「えらい大学の先生たちは、難しいことをやさしく説明している」と筆者が言っていました。

 

その本では、予備校の先生が、一般の読者向けに哲学や思想をわかりやすく説明しているわけですが、私は哲学や思想に関してあまりに一般の読者におもねるような本は好きではありません。

 

たしかに日本の文系インテリの傾向として、大して難しくないことをわざわざ難しい言葉を使って難しく見せている面があるのは否定できません。

 

しかし、とは言っても、哲学や思想等の説明で「一定以上簡単にはならない」事柄があるのも事実です。

 

そんな「どうやっても簡単にならない難しいこと」を無理矢理簡単にしようと思うと、結局本質をズラしてわかりやすい例え話などを多用しながら「いい加減な説明」に終始することになります。

 

カントやヘーゲルが言っていることを「易しく」説明しようと思っても限度があります。

 

たしかに、大学の教員等には権威付けのためにもっとわかりやすく説明できることをあえて難しく表現する傾向があるわけですけど、だからといって「高校生にもわかるように」哲学や思想を説明しようとすると、今度は「ごまかしたような説明」でしかなくなります。

 

物事には「易しくしようと思っても限度がある」ことがあるからです。

 

カントの「物自体」やヘーゲルの「絶対精神」などをいくら易しく説明しようと思っても、それなりに難しい説明になってしまいます。

 

哲学ではないですが、アインシュタインの相対性理論を中学生や高校生にわかりやすく説明しようとしても、それはごまかしたような説明にならざるをえません。

 

「簡単なことをわざと難しく言う」のも間違いですが、「本当に難しい事柄を「過度に簡略化」して易しく説明する」のも間違いです。

 

「偉い先生は簡単なことを難しく言ってるんだよ」という発言は半分正しいですが、時と場合によっては不適切なこともあるのです。