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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

『別にたいしたことないんだけどね』というマウンティング

偽善と欺瞞が嫌いな私にとって最もムカつくマウンティングの一つが、「いや、別にたいして欲しくなかったんだけど手にはいっちゃったんだよね」というマウンティングです。

数年前に埼玉県から港区に引っ越した友人がいるのですが、「いや別に港区に住みたかったわけじゃなくて、海が見えるとかたまたま条件に合致したのが港区だったんですよ」などと言っていましたが、こういう発言をするのはちょっと恥ずかしいと思ったほうがいい。

別に江東区だって海はあるし似たようなものですよ。笑

浦安はどうですか?笑

自分の感情に対して無自覚だからこそ「たまたまだし」なんて恥ずかしいことが言えるのです。

彼の感情を分析すると、「念願の港区に住めるようになった」という自分をちょっと格好悪いと思ってるから斜に構えるわけです。

「いやさ、俺別に港区に憧れてたわけじゃないんだよ。たまたま条件に適合しただけなんだよ。こだわってないんだよ」とポーズを取りたいわけですが、ある程度深層心理の分析が得意な人間から見ると笑ってしまいます。

この話を今日会った後輩にしたら、「いやぁ、『念願の念願の港区』なんでしょうね。笑」と笑われていましたけど、これは誰が聞いても否定できないでしょう。

就職先や住処にしても、「いや、ま、俺の周りの環境からしたらそんなに特別なことじゃないし」というマウンティングはかなりの猛威をふるっています。

「ま、みんな司法試験や国一やってたし、『なりゆき』ですかねぇ。特別なことじゃないし」とかもその典型です。

女の子もステータス男と付き合って「いや、別に彼氏の会社とかどうでもよかったんだけど、『たまたま気があっただけ』でね」なんて涼しい顔をしていますが、「金と地位のある男と付き合いたくて仕方なかった。猛烈に欲していた。」と認めないのは非常に気持ちが悪い。

だいたい冒頭の「念願の港区さん」も本当に憧れていなかったら、「いや別にたまたま条件が合致しただけ」なんてムキになって主張しません。

「こだわっていないふりをしてちょっと悦にいる自分」を演じきってるつもりでしょうけど、私のような深層心理の分析のセミプロにかかればむしろ「分析の餌食」でピエロなわけです。

私何度も言ってますけど、「わざわざ語りたい」裏には何かしらの意図があるわけです。

私は欺瞞偽善パトロール隊として偽善欺瞞は許しません。

ま、ここまで私が偽善欺瞞に敏感なのも深層心理を分析してみると面白いような気がしますけど。笑
(仮説では、「自分も欺瞞に満ちた発言をしてみたいけどダサすぎてできないという葛藤があるから」、「バレバレの欺瞞で通用するとなめられてるようで腹が立つから」という二つの話が浮かびましたが。)