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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

人は考えられる事しか考えられない

こないだ宇宙人の話をしましたが、私を含め人間の思考に限界を感じるのが宇宙人についての議論をしている時です。

我々は我々の大脳が考えられる事しか考えられません。

そして、その論理的な帰結として、五感でしか世界を感じることができません。

動物によっては紫外線や赤外線が見える動物もいるらしいですが、我々ホモサピエンスは誰一人としてそれらが見えません。

アインシュタインでも見えません。

耳も周波数の関係などで、コウモリは聞こえる音が我々には聞こえなかったりするわけです。

カントもアインシュタインも聞こえません。

われわれはよく宇宙人の話をしますが、考えてみると宇宙「人」という時点で我々の常識でものを考えてると思います。

ETなどが典型ですが、あくまでも我々の大脳がイメージできるものとして宇宙人は捉えられています。

なんとなく我々にちょっと似ている範囲で我々は宇宙人をイメージしています。

ドラゴンボールのピッコロも天津飯もスーパーサイヤ人も、どこまでいっても我々ホモサピエンスの想像力を出られていません。

スーパーサイヤ人ですら、あくまで「人」です。

そもそも我々の思考に限界があるということは、宇宙人や地球外生命体という発想自体が間違っているかもしれないのです。

我々が五感や言語で世界を認識しているように、そもそも何か別の世界の認識のあり方があるのかもしれないわけですから。

そしてそれは我々には原理的に絶対にわかりません。

どれだけ天才と言われる物理学者でも、所詮ホモサピエンスの限界は絶対に出られません。

時間や空間といった大前提がそもそも我々固有の概念なのかもしれないのですが、われわれはその枠を絶対に出ることができないわけです。

どれだけ頭の良いネズミも「素数」なる概念は絶対に彼らの脳ミソで理解できないように。

宇宙「人」や地球外生命体というレベルでものを考えてる時点で、我々は我々の思考の枠を超えられていないと考えた方が良いでしょう。