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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

今を生きる?

よく「今を生きる」と言いますが、「今」ってなんなんだろう、とたまに自問自答します。

哲学的な議論で、「時間は流れているのか」といったお話がありますが、「今」を定義するのは非常に困難です。

もし仮に時間が流れてるとすると、「今」と言った瞬間にその「今」は「過去」ですし、流れが早い川の魚をうまくとることができないように、「今」はつかみどころのないうなぎのようなものです。

川の流れの「今その瞬間の速さ」を真面目に考えていくと、微分みたいな話になってくるような。笑

私は、未来や老後の事だけを考えるような人生はつまらないなと思ってますが、その一方で「未来を前提としない今」も逆に存在しないような気もします。

なぜならば、人間の行動はすべて未来を志向するものだからです。

職場に行くのに電車に乗りますが、それも結局のところ「いま」ではなく「30分後」を考えての話です。

「いま」だけを仮に考えられるとしたら、電車に乗る必要すらないでしょう。

人間は他の生物と違い、極めて時間感覚が優れている動物です。

だからこそ「自分はいずれ100%死ぬ」という悲しい事実を知りながらも目をそむけつつ生きるのでしょう。

そのように考えると、過去、現在、未来はある意味一つのものと解釈できないこともありません。

過去、現在、未来という発想自体が3次元の世界に生きる我々のドグマなのかもしれません。

「いまを生きろ」というフレーズは一見かっこいいですけど、「いま(だけ)を取り出して生きる」のはある意味不可能なことなのです。

※この投稿は、読売新聞に載っている今年の京大英語に着想を得ています。

関心がある奇特な方は適当にぐぐって探して下さい。