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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

「人に承認されたいけど、、、」

しろくまさんが『認められたい』というタイトルの面白い本を出版しますが、実は私がゴーストライターで

 
・・・というのはMichael Jordan(冗談)ですが、承認欲求にも様々な種類があります。
 
「すごい物知りですね」
「お父さんいつもありがとう」
「サッカーめちゃくちゃうまいね」
etc
 
様々な承認がありますが、定量的で序列が明確な分野で「上を目指して幸福になりたい」という価値観ほど「不幸になる」それはありません。
 
男性なら社会的地位等で偉くなりたい。
 
女性ならそういった男性と結婚したい。
 
これは多くの都会の人間が暗に思っていることですが、残念ながらこれほど不幸になる価値観はありません。
 
なぜならば、俗的な意味での社会的地位や年収などほど定量的で序列がつけやすいものはないですが、逆にこういった分野は序列が明確だからこそ「本当の意味での一番」になることは事実上不可能だからです。
 
これほど不幸になることが決定的なのにもかかわらずこういった価値観から抜けられないのは、やはり「わかりやすく人に勝つ」美酒の味を覚えてしまったからでしょう。
 
それは中学生時代のテスト返却であったり、就活が終わった時であったり、人によってタイミングはまちまちですが、「わかりやすく他者をひねり潰せる」心地よさを体が覚えてしまってるからでしょう。
 
「ギャグが面白いか」、「人徳があるか」とかある程度主観的な判断が入る領域ならば、わかりやすく他人をひねりつぶすことはできませんが、就職先やテストならわかりやすく他人をひねり潰せるからこそ痛快なのです。
 
しかし、「わかりやすく相手をひねり潰せる」ことの裏返しとして「わかりやすく、この上なく恥辱を感じるほどに他人からひねりつぶされる」可能性も極めて大きいことを忘れてはいけません。
 
私もそっちよりの世界にいた人間ですからこういった価値観は死ぬほどわかってるつもりですけど、俗的な序列で偉くなりたかったら、財務省の事務次官や最高裁の判事とか三菱商事の社長とかそのレベルじゃないと100%満足することはないですからね。(「官僚」や「裁判官、弁護士」なんて一般の人は手放しで認めてくれても、その世界に詳しい人間から見たらまるでまだまだ「勝ち負け」なんて無限につけられますから。)
 
どこまでいっても相対評価で勝てない相手が無限に出てくるわけで、そこで満足感を得ようとするほど費用対効果が悪い価値観もありません。
 
それでもこういった価値観から抜け出せないのは、上にも述べたように、「わかりやすく相手をひねる潰せる」心地よさを体が覚えてしまってるからです。
 
しかし、この心地よさは「麻薬」のようなもので、永遠に刺激し続けないと禁断症状がくるという非常に厄介なものです。
 
都会の人間が物質的な豊かさにもかからず主観的に不幸なのは、この麻薬ゆえなのでしょう。
 
ですから、永続する承認を求めるなら、家族に感謝されるとか、友達から面白いやつだと認められるとか、そういった定量的ではない分野で目指す方が圧倒的に満足度は高いのです。
 
別に俗的な幸福を目指すことが100%間違ってるというわけではなく、自分の幸福の源としてその割合が極端に高くなると不幸になると言っているのです。
 
「「偉くなりたい」という価値観も持ちつつ、食べ歩きとか子供と遊んだりとかそういった相対評価でなくならない幸せも持っていないと不幸になりますよ」と言いたいだけです。