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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

『先入観を排除することが良いことだ』という先入観のパラドックス

よく「ドグマから解き放たれよう」、「先入観を排除して考えよう」と私は言いますが、別にドグマに毒されていても、洗脳されていても、そのことに疑問や不満を感じなければ別にいいのです。

私はただ単にあらゆることを徹底的に考えないと気がすまないある種損な性格を持って生まれてきてしまったというだけで、我々の社会が正しいと考えてることを特に疑うことなく幸せな人生が歩めれば別にそれでいいのです。

Ignorance is the bliss.

自分が奴隷だと気づいていない奴隷は幸せですから。

しかも、私やちょっと頭が回る人(偉い教授とか)が先入観を排除して深く考えたところで、所詮我々の理性や自由意志には限界がありますから、「たかが知れている」と謙虚になるべきでしょう。

「先入観を排除して考える」、「前提となる価値観を疑う」ことを盲目的に善だと考えているとしたら、皮肉なことにそれ自体が先入観に毒されているいう事実について自覚した方がいいです。

「先入観を排除して考えることが正しい」という先入観に毒されてるわけです。笑

先入観を排除して深く考えたり、前提の価値観を疑うことが人生の幸福度を増すのに寄与するならそうしたほうがいいというだけです。

私の父方の祖父母なんて田舎の農民で何一つ深く考える人間ではなかったですが、子供や孫に恵まれて幸せな人生だったように思います。

別に考えたい人が考えればいいわけで、あらゆる人が思想家である必要はないのです。