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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

立ち読みと罪の意識について

今日たまたま大好きな『島耕作』を立ち読みしようと本屋に行きましたが、ビニールのカバーがかぶされてあり立ち読みできませんでした。

「クソっ」と一瞬不快になりましたが、冷静に考えてみたら悪いのは私です。笑

そもそも立ち読みというのは情報窃盗です。

なぜか立ち読みができるのがデフォルトだから勘違いしていましたけど、「立ち読みは万引きと等しい」と自覚するべきでしょう。

しかし、そう言ってみたものの、立ち読みと万引きをやはり同レベルの罪にはなかなか感じられません。

なぜなんでしょうか?

結局それは排他性の有無なんでしょうね。

あんぱんを万引きしたら、お店からあんぱんはなくなります。

しかし、立ち読みしても本という物体はなくなりませんから。

このような排他性の有無が罪の意識・規範意識に影響を与えるのでしょう。

とは言え、現代社会において情報というのは巨万の富にもつながることがあり、「情報だからいいじゃないか、なくならないし」という抗弁はちょっと苦しいかもしれません。

論理や理屈で考えると、情報窃盗は万引きと等しいですが、やはりそこに罪の意識を感じる人が少ないという事は、結局人間の感性は原始時代から何一つ変わっておらず、「観念的なもの」より「具体的なもの」のほうが感覚的に理解しやすいのでしょうね。

何か結論らしい結論があるわけではないのですが、随想的な話です。

刑法学の専門の方などいらっしゃったらぜひ何か教えてください。