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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

基準は常に勝てる人間の下にある

学術の世界の世界ランキングが発表になると、こぞって「あんなのは基準がいい加減だ」と皆さん言います。

日本ではトップレベルの東京大学や京都大学も、世界ランキングではそれぞれ40位、80位あたりで低迷してるので関係者は「酸っぱいブドウ」で「あんなのは英米有利なだけだ。基準がおかしい」と言い訳をしますが、このロジックに乗るならば、日本の一流大学は「知能指数や暗記能力がある人間が有利なだけだ。基準がおかしい」と言えなくもない。

例えば、ノーベル賞受賞者の大村さんも中村さんも学業面で日本ではとびきり優秀ではないという評価でしたけど、学術の世界で偉業を成し遂げました。

これが何を意味しているかというと、別に彼らが優秀じゃなかったわけではなく、そもそも日本の「優秀」という基準が「官僚的な優秀さ」を持つ人間に有利になっているだけだ、ということです。

ノーベル賞を取るような人間を東大や京大が拾えていないというのは、東大や京大の採用基準(合格基準)も所詮万能ではない、ということです。

今の日本で力を持ってる人間が自分たちに有利な基準を作っているから、彼らが勝てるのは当たり前です。

例えば今国立上位大学で「女子学生が少ない」と言われていますが、これも結局基準が男性に有利にできているからでしょう。

別に女性が優秀じゃないわけではなく、そもそもの「優秀さ」の基準が「官僚的で暗記力と処理能力と知能指数に優れている男性」に有利にできている「だけ」です。

世界ランキングが「英米有利」なのも今の世界が英米中心だからですが、これもある意味仕方ない話です。

基準を作ってるものが強いのです。

本来どんな基準も恣意的なはずですが、権力を持っている人間は自分に有利な基準を作り上げるものです。

「男は顔じゃない、経済力だ」という社会通念もガリ勉のブサメンに都合の良い基準ですから、日本で力を持っている「元ガリ勉ブサメンの金持ち」(ホリエモンとか)が有形無形の影響力を行使してこの価値観を醸成しているように思います。(その要素だけではないと思いますが)

あらゆる基準は恣意的であり、「ひょっとしたらその基準はその基準により有利になる人間がこっそり作ったものなんじゃないか」という疑いの目を持つべきでしょう。