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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

責任なんてない

内海聡(医師)が、「子宮癌になったり子供が生まれないのは女性が心の底で子供を嫌っているからです。子宮がんや不妊は女性に責任があります」というとてつもなく問題のある発言をしていました。

私は素人として「責任」ということについていろいろ考えてきましたが、「人間に自由意志がない以上、そもそもあらゆることにおいて責任なんてないけど、責任があると仮定しないと社会が回らないからあることになっている」と暫定的に結論づけています。

そもそも「責任がある」というのは「悪い」ということです。

「稼げないのは自己責任だ」(ホリエモン)、と言う方は必ずいらっしゃいますが、厳密に因果関係をたどっていくと、個人に自己責任等全くありません。

稼げないのは何故か?

頭が悪くて高い教育を受けなかったから

努力不足だったんじゃないの?

いや、努力できないのは才能がないから

頭が悪くて高い教育を受けられなかったり、努力できる才能がないのは何故か?

生まれた家が不運だったから=遺伝レベルでもってないから

このレベルまで遡って考えると、あらゆることに「責任」などありません。

生まれつきブスなのが遺伝であるがゆえに責任がないように、仕事や勉強ができないのもたぶんに遺伝的な要素のせいですから、本人は何も悪くありません。

仕事をするための努力ができないのも頭が悪いのも全て遺伝です。

個人として裁量があるのはせいぜい1割位でしょう。(1割は自己責任か、だから)

裏から言えば、別に仕事ができて年収が高い人も、「すべて個人の手柄」ではありません。

大谷投手は確かに凄いですが、別に大谷投手は中日の2軍の選手の100倍努力してるわけではありませんし、たまたま素晴らしい才能を持って生まれてきたというだけです。

「責任」も「手柄」も普通の人間が考えてるほど「個人のもの」だとは私は思いません。

「責任」という虚構について。