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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

自然科学バカ

自然科学の研究者などで「自然科学バカ」って結構います。

利根川進は「今後、脳科学が進めば、文学や哲学等は全て自然科学に吸収される」と高らかに語っていましたが、ノーベル賞受賞者でも専門外に関する発言というのは本当に「猿レベル」ですね。

利根川進の発言が論外としても、わりと「自然科学バカ」は世界が「客観的」に存在してると思っています。

しかしちょっと考えたらわかるはずなんですが、例えば物理学にしても「質量」や「加速度」といった「特定の側面」から世界を見ているから学問として成り立っているわけで、主観(認識している人間)の認識抜きに客観的な世界は存在しえません。

見ている人間がいるから世界は存在しているわけです。

自然科学者で「自然科学は定量的で客観的」と誇らしげに語る人がいますが、世界の中から定量的で客観的な部分だけを切り取って研究してるわけですから定量的で客観的なのは極めて当たり前です。

脳科学や物理学が発達すれば、人間の生きる意味が客観的かつ定量的にに決まるのでしょうか?

科学は定量的で客観的な世界しか扱っていないのですから、わかるはずがありません。

よく「宇宙が146億年前に誕生した」と言いますが、この表現もなかなか不思議です。

われわれ人間が言葉によって宇宙の誕生を観念しなかったら、その146億年前の世界は誰にも認識されないわけですから、果たして146億年前の世界は「存在」していたのだろうか?と考えてしまいます。

西洋哲学では主観と客観といったテーマがよく出てきますが、自然科学馬鹿な方は、少し哲学的な視点でものを見る訓練をした方がいいと思います。