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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

はあちゅうさんの意見、そんなに悪いか?

以下完全に引用

「ブロガーで作家の”はあちゅう”さんが「Twitter」で、「電通の先輩が、『CMは偏差値40の人にも理解できるものじゃなきゃダメ。世間にはおそるべき量のおそるべきバカがいる。そしてそれが日本の普通の人だ』って言ってたの、一番役に立ってる教えの一つだ。」とツイートした。これに対し、「上から目線感がよく分かります」「考えもなく注目集めるためにこの発言したのなら、一番バカなのは、あなたです。」などと批判的な意見が多数寄せられたと「ガジェット通信」が報じた。」

引用終了

こういったお話が炎上するたびに、逆説的に「現代の日本社会は知能や知識といった側面が過剰に重視されている社会なんだなぁ」と実感します。

言い方は悪いようですが、「相手のレベルに目線を落として話す」こと自体は極めて当たり前の話です。

私もセミナーで話す時は、「このレベルの層ならこのレベルのお話をこれ位のスピードでしよう」などと考えて話しますが、これが「上から目線」と言われてしまうと困ってしまいます。

現代社会は知能や知識が過剰に価値を持っている社会だからこそ「勉強ネタで人を馬鹿にしてはいけない」という暗黙のルールがあるわけです。

本来的には知能や知識といった勉強の能力が高いのも「価値の一つ」なわけで「勉強ができる」のも「足が速い」のも等価値なわけですが、現代社会では知能が高いことが非常に評価されているわけです。

だからこそ「偏差値40の人にわかるように」というはあちゅうさんのお話は炎上するのでしょう。

「大切なことだから馬鹿にしちゃいけない」わけです。

これが例えば野球の解説で「野球が詳しくない人もいるから、インフィールドフライやエンドランといった野球用語もちゃんと説明してあげましょう」と解説者やアナウンサーが言っても全く炎上しないと思います。

しかし、こと勉強ネタで「偏差値40の人にもわかるように目線を下げる」のはまずいわけです。

これは繰り返しますが、結局のところ、勉強ができることが社会で極めて評価されてるからこそ、勉強の能力で人を馬鹿にしてはいけないという事なんですよね。

社会生活では、部落とか在日とか中卒とか偏差値40とか様々な差別がありますが、「人がムキになって炎上すること」こそ人が本音レベルですごく気にしてることなのです。

はあちゅうさんの発言が炎上するという事は、かなり多くの人間は学力的な面にコンプレックスを持ってるということなんでしょうね。