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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

言語とマナーについて

マナー教室といった仰々しい教室もあるくらいですから、正しいマナーを知っているというのはそれなりに価値のあることらしいですね。

しかし、マナーというのは国語に似ていて、結局のところそれを我々日本人のマジョリティーが受け入れない限り意味のないものです。

「こんなマナー知ってました?」などと仰々しくマナー教室ではいろいろ教えてくれるみたいですが、「マナー教室の先生しか知らないマナー」などマナーではありません。

国語と一緒です。

いくら「ら抜き言葉」がおかしいと言っても、ここまでら抜き言葉が幅広く使用されていると、「それは間違いだ」とは言えないと思います。

なぜならば国語というのは民主的なもので、マジョリティーが使っているかどうかが全てです。

そのマジョリティーの常識を高みから見下ろしたところで何の意味もありません。

国語は国民のためにあるものだからです。

マナーも結局大多数の人が不快に思うかどうかが唯一のメルクマールであり、マニアックなマナーについて「実はこうなんですよ」というのはおかしな話なのではないでしょうか?

近いうちに、会社でもみんなが「おはようございます」の代わりに「おまんこっこー」と言うのがマジョリティーになれば「おはようございます」は「おまんこっこー」になり、外国人向けの日本語の教科書には

The word "omankokko" means "Good morning" and is a very polite expression used in schools and offices

となるわけです。

「はずかし」が平安時代の「立派な」から「恥ずかしい」へと意味が変わったように、「おまんこっこー」が「おはよう」に取って変わる可能性もあるわけです。

「折り返しいたします、は失礼か?」といったコラムを見るにつけちょっと思ったことです。

誰もが不快に思わないならば、それが一番正しいマナーなのです。