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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

しないといけない?2

昨日、人生で本当に「やらないといけない」ことなどほとんどない、というお話しをしました。

人間とは面白いもので、「やらないといけない」と思っていることのほとんどは、元をただすと「やりたいことをやるために派生していること」です。

例えば私が昔サッカーをやっていたとき、「筋トレや走り込みをやらないといけなくて嫌だなぁ」、「(合宿で)1日10杯ご飯を胃に流し込むなきゃいけないなんて拷問だなぁ」と考えていました。

しかし、これも冷静に考えてみたらおかしな話です。

別に義務でもなく好きで親にお金を出してもらってサッカーをやっていて、かつ自分が上手くなるために筋トレや走り込みをやってるわけですから、「やらなくてはいけない」という表現や考え方は明らかに失当でした。

図々しさを感じるべきでしょう。

同じように、昔、国一や司法試験の勉強をやってる友人が「官庁訪問の対策をしないといけない、時間ないわあ」、「あの本を早くやらなくてはいけない、嫌だわあ」とブツクサ文句を言っていましたが、これも私のサッカー同様おかしな話です。

別に好きでやってる勉強ですから、嫌なら辞めたらいいですし、親の金で勉強できてるわけですから、むしろ感謝しないといけない位です。

「人のものを盗んではいけない義務」や「排泄をしなければいけない義務(必要性)」があるように、サッカーを「やらなくてはならない」義務や勉強を「やらなくてはならない」義務があるわけではありません。

自分が好きでやってることに対して「やらなくてはならない」という義務感を感じるのは本来おかしな話です。

MBAを取るために「やらなきゃいけないことが山積みだよ」とやたらと暗くなってる友人がいましたが、これだって結局自分がやりたいからやってるわけで、「やらないといけない理由」など何一つありません。

婚活女子も何かやたらと悲壮感があって暗いですけど、結局自分が結婚したいから婚活してるわけですから、本来義務感を感じるのはおかしな話です。

いろいろ具体例を挙げましたが、結局「やらなくてはならない」と勘違いしてる事は人生でいっぱいありますが、元をたどると結局「自分がやりたいことを達成するために、『派生的に』やらなくてはならないだけ」です。

人生の主従を間違えないように。

本当の義務なんて、
・睡眠や生殖、排泄といった生物としての最低限の機能
・生活をするために最低限仕事をすること

・法律や道徳を守ること

だけですから。