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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

ネイティブはそんなこと言わない?

外国語の学習が進んでくると「文法的には正しいけれどもネイティブから見ると不自然な表現」という壁にぶつかります。

文法レベルで正しいか間違っているかというのは◯か❌の世界です。

She like it.

は完全に間違いです。

しかし、文法的には間違っていないけれどネイティブは絶対に言わない表現があります。

「私は昨日私の妻と私の息子と私の娘と海に行きました。なぜならば昨日はとても暑かったからです」という日本語はおそらく文法的に完璧に正しい日本語ですが、ネイティブ日本人は絶対に言わない表現です。

「昨日暑かったから、私は妻と子供と海に行きました」が普通の表現でしょう。

こんなのはだいぶ簡単な部類ですが、もっと微妙な事例があります。

ライティングなどの勉強をしてると、「こんな表現はネイティブはしない」と偉そうに日本人が書いていますが、「言わない」、「しない」という境界は極めてファジーです。

例えば、
形骸的
概念化
孟母三遷
有り体に言えば
かまびすしい議論
etc

こういった日本語は、ネイティブ日本人が「使う」とも「使わない」とも解釈できる表現でしょう。

ある程度教養レベルが高く本を読むのが普通の人から見ると、「よく使う表現」ですが、渋谷のセンター街の若者から見ると「そんな表現我々日本人でも使わない」となるわけです。

外国語の特にライティングの本などを読んでいると「ネイティヴは」という半ば脅し文句のような表現がよく出てきますが、日本語で考えたらわかるように「ネイティヴ」という定義はかなりあいまいだといえます。

「それは必要条件を満たしてるけど十分条件を満たしてないね」、「分母が不十分なまま一般化するのは間違いだね」といった言い回しを当たり前のようにしてる日本人とそうじゃない日本人がいるように、ネイティブアメリカ人イギリス人も多種多様です。

「ネイティヴ」にも様々な知的階層があり、その階層に応じて「何か自然な表現か」は当然異なるということを忘れてはいけません。