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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

人は本当にジコチューで風見鶏

「女だけ女子力云々(でんでん)言われるのは不平等だ」と言う一部の女性を二回に渡りdisりました。

「結婚・出産こそが『女の幸せ』で、女は化粧して綺麗にしていなければならない」というステレオタイプの押し付けを厭うのに、男性には「男なんだから仕事ができて欲しい」といった考えを持っている女性の「ダブルスタンダード」(風見鶏っぷり)を批判しました。

人間とは非常にジコチューで、「自分が困っている時」と「自分が優位な時」でまるでロジックが一貫してないことを言うものです。

タイムリーなネタですが、坂上忍の『好きか嫌い』で東大生と早稲田慶応の学生が「うちこそ日本一の大学だ」と議論を戦わせていましたが、早稲田慶応の学生から見ると少なくとも「偏差値(受験学力)」という観点ではどうやっても東大には完敗なので、「東大生は勉強ばかりしている」、「東大生は偏差値しか自慢することがない」といった批判をしていましたが、これも完全なる「ポジショントーク」であり「風見鶏」です。

自分たち(早慶の学生)だって社会全体からしてみたら「勉強だけやってきた人間」で「偏差値しか自慢することがない人間」でしょう。

たまたま東大には受験学力ではるかに及ばないからその弱みを「価値の転換」によって「あいつら勉強ばかりやっている」とひがんでいるわけですが(cfニーチェ)、では自分より学歴が低い、日大や明治の学生が「早慶のやつなんて勉強ばっかりやってきたから」と批判されたらどう対応するんでしょうか?

「君たちは早慶に入れないからひがんでるんじゃないか?笑」と500パーセント反応すると思います。

つまり、自分達(早慶生)が偏差値では逆立ちしても勝てない東大生には「東大生は勉強ばかりやってきたから人間的に云々(でんでん)」と言う一方で、自分たちが偏差値では勝てる明治や日大の学生には「マーチなんて偏差値的にうんこだよね」と、今度は自分たちが勝てる剣を振りかざしているわけです。

なんという風見鶏っぷりでしょうか。

結婚する前はいかにも富裕層の男性との結婚を狙っていて「やっぱり富裕層と結婚する人生こそが幸せだ」と考えていた女性も、いざその夢が叶わないとなると「専業主婦なんて男に食わせてもらってるだけじゃない」と急転換を見せます。笑

つまり、自分が劣勢の時と自分が優勢の時で援用するロジックが違うのです。

人間とは本当にジコチューで、とにかく「自分が勝てるように」理論武装するものですが、明らかに一貫していないロジックをつなぎ合わせていると「風見鶏」だと思ってしまいますね。