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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

男も辛いよ

昨日こんな趣旨のことを言いました。

「女子だけが『女子力ないね』と言われるのは不平等である、と言う女性もいるが、男は男で『男なんだから稼いでよ』と言われたり不当な差別はあるものだ」と。

私は「女だけが女子力を求められる」と言う女性は甘えているにもほどがあると思ってしまいます。

男は男で「女性だったら許されるけど男性だから許されない」様々なピアプレッシャーや社会からの圧力があります。

私なんかは元来怠け者なので、生まれ変わったら可愛い女性に生まれてお金持ちと結婚して専業主婦になって楽をしたい、と思いますが、現世で「お金持ちの女性と結婚して専業主夫になりたい」などとは社会の目を気にしてなかなか言えません。

「男に経済的に頼る」のはアリでも「女に経済的に頼る」のがナシなのはいかなる理由ゆえでしょうか?

また、受験勉強をしてる時も「私女だから。でもあなたは男だから浪人もいいかもね」みたいな意見を女子生徒が口にするの何度か聞きました。

「女は馬鹿でもいいけど、男は馬鹿じゃダメ」みたいな社会通念も男性には辛いでしょう。

また「男はスポーツができないとダメだ」というピアプレッシャーも運動音痴な中学生や高校生には辛いでしょう。

しかし「女はスポーツができないとだめだ」という社会通念はありません。

また男が何か細かいことを言うと「小さい男」とヌカす女がいますが、私から言わせると女性の方が細く「小さいわ、こいつ」と思うことの方が多いですが、「小さい男」は侮辱語として成り立ちますが「小さい女」は存在しません。

ざっと思いつくだけでも、「女ならなくても許されるけど男だとそれがないと極めて生きづらい要素」は

稼ぐ力
学力
身長
器の大きさ
運動能力

など枚挙に暇がありません。

「女が女子力だけを求められるのに、男はそれを求められなくて不公平だ」なる甘ったれた意見を言う女はちょっと社会の全体像が掴めきれてないようですね。

より一般化したお話をしましょう。

男女問わず人間には社会通念がイメージするステレオタイプ(固定観念)というものがあります。

私が辛いのは、「関西人なのにそこまで面白くなくない?」というお決まりのフレーズです。笑

私みたいな生粋の関西人じゃなくても、関西に住んでる期間が長いとなぜか「関西人なんだから芸人みたいに面白いこと言ってくれないのかな?」と変な期待をされますが、これこそ女子力への期待や「男は稼がないと」という期待が不条理なのと一緒で、「ステレオタイプの強制」です。

アメリカ人に「君は日本人なのに鼻が高いな」と言われたり、とかもそうです。

「黒人なのにペニスが大きくないな」とかもそうです。

人間は本来様々な要素から成り立っていて、「関西人」、「日本人」、「女」といった属性によるステレオタイプがすべて個人に当てはまるわけではないわけですが、人は思考の軽減のためか、ステレオタイプを他人に強制しがちです。

女子力の議論に関しては、女性に対して同情するところもないわけではないですが、別に女性だけが辛いわけではなく、様々なステレオタイプによるイメージの強制が人を生きづらくさせているように思いますね。

より一般化すると「◯◯なんだからこうであるべきだ」というイメージや価値観の押し付けをなくすことが価値多元的社会を形成する上で大切ですね。