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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

就職で人生決まる?

今日たまたま就活で苦戦している大学生の知り合いから相談を受けたのですが、なかなか表情が曇っていて心苦しかったです。

そこまで思い詰めなくても、と思うんですけど、ピアプレッシャーからかなかなか苦しそうでした。

よく就職や受験に関して「気にするなよ」と他人事のように言う人がいますけど(他人事なんですけど)、日本社会では「途中から逆転」することが事実上不可能に近く、18歳や22歳で少なくとも生涯賃金や将来の可能性はかなりの程度確定しています。

(「飛び抜けた能力を持つ人」などごく一部の例外を指摘して「そんなことない」と反論しないでください。現実を見てください。)

私は民間就職をしていないので就活の事はよくわかりませんが、ある種「外」から見ていて違和感を感じるのは、日本社会は「22歳でどこの会社や省庁に潜り込んだか」でほぼ生涯賃金が決まってるという厳然たる事実です。

年収が高いサラリーマンで「責任ある仕事を任されてるし俺は仕事ができるんだから年収が高いのは当たり前だ」と考えてる輩がいますが、それは大いなる勘違いです。

「入った会社が良かっただけ」です。

「頭が良くないと総合商社や広告の仕事なんてできないよ」と言ってる友人がいましたけど、確かに東大や京大、一橋などの官立大学は抜け道がないですから、「偏差値が高い大学の出身じゃないとうちらの仕事はできない」と言えなくもなさそうですが、例えば小学校から慶應とかで実質的な知能レベルは東海大学や帝京大学レベル(か体育会系ならそれ以下もあり得る)の人も総合商社で働いているわけですから、「頭が良い俺たちだからできる仕事」というのは勘違いですね。
(余談ですが、ゴールドマン・サックスやマッキンゼーあたりに入る方は少なくとも知能的な意味ならほんとに頭いいですけどね。日系は別にそうでもないと思います。)

日本社会では、日系のサラリーマンに関しては完全に入った会社で全てが決まっています。

22歳段階でテレビ局や広告代理店、総合商社に入れば、それだけで生涯賃金ウン億は確定します。(まぁ30年後どうなっているかはホントはわかんないですけど)

仕事をしたこともない若者の生涯賃金が22歳で決まるというのも考えてみたらかなりおかしな話です。

また大企業では銀行を中心に学閥も凄いと聞きます。

どこぞの官庁では入省時の成績で事務次官が決まるとか。

まとめると「昔取った杵柄」(18歳や22歳の時のパフォーマンス)でかなりの程度一生が左右されるわけですが、外から見てる人間からすると「異常」です。

普通に会社を経営してる感覚からすると、「その時に使える人間が一番使える」わけで、それ以上でもそれ以下でもありません。

既得権益のある人間が必死に抵抗するから絶対実現しないと思いますけど、本来は給料も地位も10年毎くらいに「仕事のパフォーマンスのみ」で常に社会全体でシャッフルしていかないとだめですね。

22歳の仕事もしていない段階で就活に成功した人間が60歳になっても威張っているのは明らかに不合理でしょう。

まぁ、こういう現実があるからこそ小学生位からサピックスあたりに行かせて有名中学高校→一流大学→一流企業というルートに乗せたがるわけですね。

でもそれでもせいぜい朝から晩まで働いて年収1500万円位って考えると、コスパ的に微妙だと私なら考えてしまいますけど、、、笑