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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

教育機関の評価について

スタバで仕事をしていると、勉強している高校生の会話などがよく耳に入ってきます。

私は元から予備校でバイトをやっていたりこういった話に興味がある人間ですから余計耳をそばだててしまうわけですがw、日本人の教育機関への評価というのは非常にイビツですよね。

大学という教育機関には様々な機能があります。

研究機関として
スポーツや芸術を探求する場所として
社会人としての準備期間として
etc

しかし、日本人が興味があるのは「入試難易度」だけです。

ほぼそれしか興味がないと言ってもいい。

「大学で何を学んだか」、「その大学は何を研究しているか」まで興味がある人間はほぼいません。

プレジデントやサンデー毎日のような下世話な雑誌が扱ってる内容も結局のところ入試難易度のランキングだけです。

よく「どっちの大学が上か」という下ネタみたいな話をする人がいますが、日本人は入試難易度のみで「上」か「下」かを判断します。

「東北大の工学系はいい研究をしてるぞ」、「京大の霊長は面白い研究をしてるね」といった視点はほぼゼロです。

「そこにいる学生が入り口でどれだけ勉強したか」が教育機関の判断の99%というのも本当に低俗です。

もちろん必死に入り口で勉強することも大切ですが、大切なのは入ってからどれだけ成長するかです。

スタバで勉強している子たちも「大学に入って◯◯サークルに入りたい」、「彼女欲しい」と語っていますが、「こんな本が読みたい」、「あの先生のゼミに入りたい」といったお話は全くありません。

高校から大学へうまいこと接続ができていないんでしょう。

本来は「大学で学問をするための受験勉強」のはずですが、受験勉強でどれだけ高いところに行けるか、が過剰に評価されているから、おかしなことになってるんでしょう。

スタバの盗み聞きからちょっと思ったことです。