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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

権威主義のトリセツ

「何を言ってるか」ではなく「誰が言ってるか」で言説を判断することを権威主義と言います。

日本人は権威主義的な人種で、偉い人が言っていることを鵜呑みにする傾向が極めて強い。

しかし、この権威主義というのも取り扱い次第では役に立つツールになります。

私はすべての権威主義的判断が間違っていると思いません。

明らかに時間がかかる専門的な判断を全て自分で行う時間は通常ないからです。

例えば相続や滞納などで困ったときに、法律の本を買おうとして本屋で本を選ぶ際、行政書士が書いた本よりは弁護士が書いた本を買うほうが間違いないでしょう。

実務の経験を加味すると、特定の分野においては弁護士より行政書士の方が詳しかったりする可能性もあるのですが、その判断能力がない素人が形式的な判断をすることが必ずしも間違っているとは思いません。

医学的な話であれば、薬剤師より(有名な)医師や医学者を優先するべき、というのも同じ理由です。

明らかに専門性が高く素人の判断が困難な分野に関しては、権威主義で大いに結構です。

また、次に権威主義的判断をして良いケースは、筆者の意見が特定の主義・主張に偏向している場合です。

例えばフェミニスト的な言説を好む論者に関して、私は必ず顔のレベルや子供の有無などをチェックします。

なぜならば、この手の意見は「満たされない自分を肯定するためのインチキロジック」に満ちていることが多いからです。

口の悪い言い方をすると「ブスで結婚できないからこんなこと言ってるんやなw」と感じるわけです。

佐藤優氏や細谷誠二(仮名)、渡辺ハコ(仮名)氏が「日本の教育は全然イケてない」とよく言いますが、これも日本の教育で結果が出なかった自分を慰めるための「結論ありき」のロジックです。

ちきりん(伊賀ヤスヨ)が「結婚なんてしなくてもいい」と熱弁していても、ちきりんの顔や結婚歴を知っている人間から見ると、「ああ、結婚できないから言ってるんだな」となります。

このように、強い主義・主張の裏には「満たされない自分を正当化する」動機があったりしますから、このような場合に「どんな経歴の人間が言ってるのか」をチェックすることは非常に大切です。

以上、権威主義で考えても良いケースです。(2番目の類型は、厳密に言えば「権威主義的にうがった目で見ていい」という感じですね)

逆に言えば、これ以外のケースでは極力権威主義的な判断をするのはあまり賢くありません。

そこまで専門性が高くなく、純粋に知識とロジックで考えたら結論が出るような分野や議論に関しては、「偉い人が言ってるから」といった権威主義的な判断は禁物です。

特に最悪なのが「専門分野が全然関係ない有名人」の発言を鵜呑みにするケースです。

例えば養老たけし氏あたりは、政治や経済など様々なことを語っていますが、彼はあくまで解剖学者であり、「東大教授」という権威もあくまで「解剖学者としては」という留保がつきます。

しかし、彼くらい有名になると「養老たけしが言ってるんだから」と一般大衆は考えてしまうのです。

権威にはあくまで「特定の分野においては」という留保が必ずありますからただ単に「偉い人が言ってるんだから正しいだろう」という判断は間違っています。

以上が権威主義のトリセツです。