読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

自分が勝手に気にしてるだけ

たまに190cm位ある欧米人や黒人と立ち話をすると、生物として劣っている気分になります。

私は180cm近くあるので、10cm以上高いところから見下ろされることに慣れていないためか(日本人で188cm以上などまずいない)、193cmくらいある外国人と対峙すると「オスとして負けた」感いっぱいです。

身長なんて地球の地表から頭のてっぺんまでの長さに過ぎないわけですが、自分は劣等人種だと悲しくなります。

しかし考えてみると、これは人間のコンプレックスの本質です。

おそらく私が感じているように、193cmの外国人は別に私を見下してるなどという事は(おそらく)なく、ただ単にある種私の勝手な被害妄想です。

だいたい私が同じように165cmの人間を見下してるかと言えばそんなことは全くないわけですから、逆の立場になればわかる話なのです。

今日センター試験だったらしいですが、出身大学や所属会社とかの話も全部そうです。

例えば明治や立教の出身者の大半は「早稲田や慶応の出身者は自分達のことを馬鹿にしてる」と被害妄想的に思っていますが、明大生が感じているほど早大生は明治のことをなんとも思っていません。(仮に「見下す感情」がわずかにあったとしても、「見下されているという感情」よりはずっと弱いはずです。)

専門商社の人間は「どうせ俺は三菱商事や三井物産のような総合商社には届かなかった」などと自分で勝手に思っているみたいですが、自分達が思ってるほど他人は自分に関心などありません。

私もそうですが、個人としていい人であれば相手の属性等ほとんど気にならないものです。(私が属性レベルで無理なのはヤクザだけです。)

よく「◯◯したら人に馬鹿にされる」などと言いますが、実は自分が思っているより他人は自分のことをどうでもいいと思っています。

コンプレックスの本質は「自分の心」にあるのでしょう。