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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

女医は本当に優秀なのか

女医が診断すると死亡率が低い、という話をニュースで耳にしました。

しかし、この手の話は正しく分析しないと「インチキロジック」に騙されてしまいます。

いくつか突っ込みどころがありますが、まず「正しいレイヤーの比較」をしているか、という論点があります。

例えば、優秀じゃない男性医師と優秀な女医を比べてはいないか?
といった疑問が浮かびます。(これについては「条件を揃えている」と書いてありますが、完全に条件を揃えることは不可能です。)

日本人のバレーボール選手とアメリカ人の一般市民を比べて、「日本人はアメリカ人より背が高い」という推論するのが間違いないように、正しく推論するには同じ条件で比較をしないと意味がありません。

女医が優秀というより、「女性の中のかなり優秀な人間じゃないと医師にならないから」という可能性もあります。

また、もうひとつの可能性として「相関関係と因果関係の混同」もありえます。

例えば、「朝食を食べる子供はそうじゃない子供に比べて学力が高い」というデータがありますが、学力が低い子が朝食を食べたら成績が上がるなどという事はありません。

これが(見た目上の)相関関係と因果関係の混同です。

「真の因果関係」は、「しっかり朝食を食べさせるような家庭は親の遺伝子が優れていてかつ家庭環境もいいから成績が高い」でしょう。

似たような例として、「英語ができる人間はそうじゃない人間に比べて年収が高い」というデータがありますが、普通の人が英語を勉強したら自動的に年収が上がることなどありません。

真相としては、学歴が高い人が英語ができるから英語力と年収に(見た目上の)相関があるだけです。

今回の女医の話も、綿密な論理的分析をしないといけません。

単純な相関関係をもってして(上に述べたようにそもそもそれが正しいのかも疑問ですが)、「だから女医は男性の医師より優秀だ」、「だから男性より女性の方が医者に向いている」などと結論付けるのは非常に危険です。

人種や性別といったデリケートな話題では、一般的に弱者と呼ばれるサイドの人間が優位なデータが出ると手放しに礼賛する傾向があります。

データそのものはある程度客観的でも、その解釈には必ず人間の主観が入ります。

そして今回のように一般に差別されている側の人間が優位なデータを示すと、ジェンダーや社会といった自然科学的な話とは別の物差しで様々な間違った推論が混入してきます。

気をつけないといけません。