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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

自然を求める心、という胡散臭さ

3日ほど沖縄の竹富島に行ってきました。

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竹富島の自然は本当に素晴らしかったです。

とは言え、「自然を求める心」というのも私のように普段都会のド真ん中にいるからこそ生まれてくるのかもしれないなと思います。

私にとっては代官山や銀座あたりの都会が「日常」であり、海や山は「非日常」です。

非日常だからこそ美しさを感じるのでしょう。

非日常ゆえのノスタルジーということです。

竹富島の土着の人から言わせると、あのきれいな海ですら「デフォルト」であり「日常」でしょうから。

あまり盲目的に田舎や自然を礼賛するのも浅いですね。

何とかハヤトさんみたいに、田舎に移住して「まだ東京で消耗してるの?」とアホなことを言っている方もいらっしゃいますが、そもそも彼がしてるのは「田舎生活ごっこ」であり、「本当の田舎暮らし」ではなく、その収入の源は「東京で消耗してる人」たちの購読料なり印税です。

田舎にいても結局スマホやパソコンは使ってるわけですし、収入の源は東京の人間が落としてくれてるお金なわけで、それで「まだ東京で消耗しているの?」とはかたわら痛い。

田舎で農業や漁業に従事して生活をしてるなら別に「まだ東京で消耗してるの?」と言う資格はありますが、パソコンを使って「都会の人間に対して都会的な稼ぎ方」をしていながら都会をdisるというのは思慮深さが足りません。

私もたまに都会の喧騒から逃れるために沖縄に行きますが、だからといって「沖縄最高!」とか浅い事は言えません。

繰り返しますが、「非日常」ゆえの高揚感であり感動だからです。

ところで、「自然は素晴らしい」というドグマを信奉してる人は多いですが、これも「都合の悪い真実」から目を背けているように思います。

本来自然とは人間にとって恐怖です。

きれいな海も、津波が来れば凄まじい凶器になります。

台風や地震も人殺しです。

スマホやパソコンで旅行会社を通して貨幣を使って予約をし、飛行機に乗って移動し「自然のおいしいところ」だけ味わっているからのんきに「自然は素晴らしい」と感じるわけです。(私もね)

我々が味わってる自然というのも箱庭的に絶妙に飼い慣らされた自然だと自覚するべきでしょう。