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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

何が勝ちなのか

こないだ、斎藤佑樹投手の発言が引用されていてなるほどなと思いました。

「今僕はマーくんにものすごく遅れをとっています。野球選手としては今完全に負けています。しかし、長い人生で考えたときに、何が勝ちで何が負けなのかわかりません」

これは全くその通りだと思います。

われわれは浅はかなので、ついつい簡単でわかりやすいメルクマールを用いて「勝ち負け」を決めがちです。

しかし、そもそも人と勝ち負けを気にしすぎるのが馬鹿げている、というだけではなく、いつどの段階で「勝っている」のかの定義によって勝ち負けなど変化します

例えば典型的な港区女子がいかにもお金持ちの男性と結婚したとします。

この段階でこの女性は完全に勝ち組気分でしょう。

しかし、結婚して青山や代官山あたりに住んだら並の金持ちでは金持ちぶれないので、そこまで勝ち組気分ではないでしょう。

また、結婚して何年も経つのに子供ができなかったら、子供ができた友人に対して引け目を感じるでしょう。

「結婚した時」という「点」でみたら勝ったように見えて、後々のことを考えるとまるで勝ってはいなかったのです。

斉藤祐樹選手の発言はちょっとひがみっぽく聞こえるかもしれませんが、ひがみなどではなく本当にそう思ってると思うのです。

男性であれば、一流大学に入った、一流企業に入ったという段階で有頂点になってる人もいるでしょうが、そんなのは人生の通過点です。

早慶に入って40歳段階で年収700万円の人生なら明治に入って40歳段階で年収3000万円の人生の方が良いでしょう。(それ以外の条件が全て等しければ、という前提ですけど)

私の知り合いで「その条件だったら前者のほうがいい」という年収も社会的地位も低い早慶卒がいましたが、これは完全に「負け惜しみ」ですね。

私も表面的には同意したフリをしましたけど、内心馬鹿にしていました。

18歳の時に取った杵柄しか人に自慢できることがないから意地を張ってしまうのです。

東京で働くなら学歴は高い方がいいに決まってますが、「それしか自慢がない」人生も悲しいもんですよ。

このように、一流という組織に入れないより入れたほうがいいでしょうけど、所詮30年後が保証されてるわけではありません。

死ぬ前になってみないと、「何が勝ちなのか」なんてさっぱりわかりません

目の前のことですぐに勝ち負けを判断したがる浅はかな人間への警句です。