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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

人を馬鹿にする

たまにやたらと他人を見下している態度をとる人がいます。

バカにするとか見下すというのは、決して褒められたことではないですが、人間である以上ある程度持ってしまう感情ではあります。

しかし、冷静に考えてみると、人を見下すというのは、結局そうすることによって自分を相対的に上げたいという深層心理の表れです。

本当に自分に自信があったり、圧倒的な能力を持っていれば、別に人を見下す必要などないわけです。

もちろん、何か建設的な意見を言うために、結果的に人を見下したような発言をしてしまうこともあるかもしれません。

しかし、それと意味なく人を見下す言動は分けなければなりません。

例えば私も何度か言っていますが、「日本の学校教育では、英語を教えている人間の英語レベルがあまりにも低すぎる。英検1級レベルの教師が1%しかいないなんて、それじゃあ生徒もできるようにならない」と私は思っています。

例えばこれは「英語教師を見下してる」と解釈できないこともないでしょうが、お分かりの通りそんなことが目的ではなく、高度な提案をするための前提となるお話です。

これも「見下してる」と言われてしまうと何も言えなくなってしまいます。

逆に、「ただ単に見下してる」と言えるような発言もあります。

「年収300万円なんて終わってるね」
「薬剤師なんて終わってるよね」
「あいつブスだよね」
etc
(これ別に私が思ってるという意味じゃないよ)

特に自分が満足をしていない領域でちょっと下をいじくって相対的に満足感を得ているくだらない人間は一定数います。

例えば、港区青山のタワマンに住めずに港区芝あたりの安いマンションに住んで足立区を見下してみたり。

埼玉や千葉の人間が栃木や群馬を見下してみたり。

早稲田大学の看板学部である政治経済学部(通称セーケー)に行けずに商学部教育学部社会科学部などに進学し、明治大学を馬鹿にしてみたり。

「ほんとは住みたかった青山」や「ほんとは行きたかったセーケー」にコンプレックスがあるからこそ、ちょっと下をいじくって満足してるのです。

情けない限りです。

こういったくだらない人間は世の中に一定数います。

こんなのはちょっと下の人間をいじくって相対的に自分を慰めているだけですから、誰にとってもまるで意味がない発言だと言ってるほうも気づかないといけません。

あくまで、一見見下すような発言でも何か建設的な提言につながるものであればそれは意味がある発言だと思いますけど。

最後に一言、

「カトハヤは人を見下してる人間を見下してるではないか」という反論があるかもしれませんが、それを言ってしまうとキリがないのでその反論は勘弁してください。笑