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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

貨幣経済

こないだ似たような話をしましたが、「貨幣経済」というのは人を傲慢にするようですね。

都会の人間は自分で米も野菜も作れませんし、家も建てられません。

社会が高度化すると分業が進み、貨幣経済が進展するのは不可避的な傾向ですが、お金を出してるからといって、自分は何でもできると勘違いするのは大きな間違いです。

とりわけ都会の第三次産業(ホワイトカラー)の人間は、利益率の良い仕事をかっさらってるからこそ、自分では米も野菜も作らずに料理すらせずにおいしいものを食べられるのだ、という当たり前のことを確認するべきでしょう。

東京カレンダーでも「あそこがうまい、ここはおいしくない」みたいな話を延々と特集していますが、それを読んでる人間も編集してる人間も誰一人自分では料理なんてしないわけです。

お世話になっていますが、心の奥底では飲食業などレベルが低い仕事と思ってるのかもしれません。

よく「年収が高い人は仕事ができる人だ」、という勘違いをしている人がいますが、広告代理店の人間が年収2000万円でシェフや大工が年収500万円だとして、別に前者の人間は後者の人間の4倍価値が高いことをやってるわけでも4倍仕事ができるわけでもありません。

「たまたま」、需要と供給の関係からそのようになっているだけなのです。

現代社会はダニエル・ベルが言うように知識情報社会ですから、結果的にホワイトカラーの仕事が年収が高くなっている「だけ」です。

東京駅の高層オフィスで働いているような人間は「自分が価値ある仕事をしている」と勘違いしないこと

貨幣経済という分業制によって「自活している」などとわれわれは勘違いしますが、都会の人間は自分では何もできません。

何もできないものを他人によって助けられてるわけですが、貨幣経済のおかげで自分が何もできないことに気づかなくて済んでいるのです。

そのように考えると、貨幣経済は人を傲慢にさせる悪い面もある、と考えずにはいられません。