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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

生活の余裕なんて永遠に生まれない

よく「生活に余裕がない」とこぼす人がいます。

またそういう人は「あと月収が10万円高ければ余裕なのに」と言います。

しかし、冷静に考えてみて「生活に余裕がある人」なんてほんとにいるのでしょうか?

年収500万円の人が年収1,000万円の人を見て、「1000万円あれば余裕だよなぁ」と指をくわえて見ています。

しかし、1000万円の人は主観的には全然余裕ではないのです。

このカラクリは単純で、人は自分の収入に見合った生活水準を維持しようとするので、年収100億円あたりにならない限り「余裕」なんて永遠に生まれません。

年収5,000万円でも全然余裕なんてないでしょう。

年収5,000万円(手取りで3000万円ないくらい)もあれば、毎週高級レストランで食事をして、田園調布に豪邸を立て、子供はインターナショナルスクールに行かせ、ポルシェ等の新車を毎年購入し、妻は毎週のようにホテルでランチをしてetc

あっという間に「余裕」なんてなくなります。

しかも、人間はどこまでいっても現状に慣れる動物ですから、ハッキリ申し上げまして年収5,000万円の生活ですら「慣れる」ものです。

そして、慣れてしまえば特別その生活を良いものとは普段感じません。

「もっと欲しい」となるのが浅はかな人間です。

日本でくすぶっていて「もっと年収が高ければ幸せになれるのに」と言っている人も3食食べられてますしスマホだってあるわけです。

テレビだってパソコンだって家にあるわけでしょう?

アフリカのサハラ砂漠の餓死しそうな子供からしてみたら極めて幸せな生活をしているはずですが、当人はそれがデフォルトだからたいして幸せではないわけです。

自分の半径3メートル以内の人間しか見えないのですから愚かなものです。

3食食べられる事に幸福を感じられない人間は、年収がどんどん上がっていっても結局同じループに陥ります。

ですから、「あの人は余裕があってうらやましい」なんて言っても本人は余裕なんてないんです。

「足るを知る」(=現状にそこそこ満足する)ということを知らない限り「生活の余裕」なんて永遠に生まれません。

どんどん金持ちになって幸せになろうという浅はかな人間の愚かさについて指摘したまでです。

まぁそんな愚かな人間がいるから日本経済は回ってるわけですけど。笑