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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

勉強についての雑感

最近、社会人や大人向けの教養養成講座のような電子書籍やYouTubeなどを廉価配信しようかと画策中です。

しかし、初等教育の勉強に関して私は不思議な点がいくつかあります。

まず、小中高とあれだけ勉強する時間があったのにほとんどの人はその価値に気づかずに社会人になります。

小中高の子供たちが勉強嫌いな理由は簡単です。

私は特に勉強が嫌いだった大人に声を大にして言いたいのですけど、そもそも日本の学校教育は他の生徒との相対評価ですから勉強がつまらなくなるわけです。

こないだも言いましたけど、結局知能にも遺伝がかなり大きく影響与えている以上、他の人間と比べても惨めな思いになるだけです。

本来比べるべきは「昨日の自分」と「今日の自分」です。

過去の自分と未来の自分を比べている限り、勉強をしていれば必ず本来進歩してるはずなんです。

しかし、その実感が得られにくいのは日本の教育が過度に点数で他の人間と比べているからです。

ですから昔勉強が苦手だった人も、今の自分よりも賢くなれば充分だと思ってリラックスして勉強すればいいと思います。

草サッカーや草野球があるのに勉強だけはなぜか皆さん気合を入れすぎるんですよね。

しかし、現実問題として、社会人になっていざ働いてみると今度は勉強したくなってきますが、社会人になるとなかなか腰を据えて勉強する時間がありません。

そのように考えると、人生で勉強できる時間というのは事実上どこにもないことになります。笑

子供の時は勉強したくない。

大人になってみると勉強したいけど時間がない。

なかなかのジレンマです。

ですから私は勉強したい大人のために何かしら手助けができたらいいなと思っています。

そしてもう一つの疑問というか根本的なところですけど、「高校の勉強」というのはなかなか不思議な立ち位置です。

本来中学までが義務教育で高校からは本来的には「学びたい人が行く」という建前ですから、当たり前と言えば当たり前なのですが、日本の高校の勉強というのは冷静に考えてみると異常に高度です。

なぜサラリーマンになる文系人間が三次関数やベクトルまでやるのか?

なぜ高校を出て美容師になる人間が古代ヨーロッパ史までやらなくてはいけないのか?

冷静に考えてみると意味不明です。

そして高校の勉強に関しては、ほとんどの人間が完璧にマスターすることなく大人になっていきます。

東大卒や京大卒、国立医学部出身の医者ですら高校の勉強をマスターした、と言える人間は肌感覚ですが1割もいないでしょう。(「1割」、10%もいないわけです。)

「マスター」の定義は、「瞬間風速の学力」ではなく完全に長期記憶になってるという意味です。

(例えば、1年間割り算をやらなくても100➗5=20くらいは当然できますよね?

これが「マスター」なんです。)

新橋や東京駅で「俺は賢いんだ」と自信満々の東大京大一橋卒あたりを捕まえて、

ベクトル・微積分
遺伝
力学
古代イスラム史

のセンター試験レベルの問題を抜き打ちで解かせてみてください。

笑っちゃうぐらいできないはずですから。(これは100万円かけても良いですね、絶対できません)

つまり、最難関レベルを突破してる人間ですら、高校の勉強は「18歳の瞬間風速」でかろうじて何とかクリアしただけで、「マスター」してる人なんてほとんどいません。

センター試験の翌日に、新聞に載ってるセンター試験の問題を解いて「全科目7割」取れる一流大卒の人間などほとんどいないでしょう。

ちなみにセンター試験で7割というのは、18歳の現役の受験生なら「かなりしょぼい」点数ですが、それすら行かないと思います。

つまり、私が言いたいのは、「高校の勉強」はちょっと無意味に難しくはないですか?という点です。

いやね、こーゆー反論をする人もいるでしょう。

「がんばったことに意味があるんだ。物理や数学なんかは思考過程に意味があるから、その時に解けていれば忘れてしまっても構わない。」

ええ、これは半分ぐらい正しいでしょう。

しかし、冷静に考えてみたら、大人になって血肉化できないような知識を高校年代で習うというのも不思議なもんです。

最初から「忘れる前提」で勉強するというのもよくわかりません。

ちなみに、こういうことを言う人でも「割り算や掛け算も忘れてしまっていい」とは言わないわけですよね。

ちょっと一貫していないと思います。

高校のカリキュラムは3年ですが、本当にこれらを血肉化し長期記憶にするには6,7年くらいはかかる位ボリュームがあります。

それくらい日本の高校の勉強は高度です。

それを3年で詰め込もうとするから、「18歳の瞬間風速」だけでほとんどの人間は終わるわけです。

そう考えると、大人になっても高校の教科書というのは「座右の書」だと思って復習するべきでしょうね

18歳の時に瞬間風速だけの学力で受験を突破してさびついている高学歴なオジサマがほとんどですから、逆に言えば若い時に勉強しなかった人も大人になって10年20年学び続けたら、いくらでも知的レベルで18歳のときの瞬間風速だけの人間にいくらでも勝てるでしょう。(佐藤優が良い例ですけど)

(さっき言ったこととちょっと矛盾してることを言ってしまいましたね。

本論社会人の教養の勉強は、人と比べてするものではありません。

昨日の自分より今日の自分が賢くなっていれば本来充分なのです。)

学びたい大人がちょっとでも増えてそれを手助けできれば幸いです。