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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

社会人になってからは文系有利?

こないだ大学生の友人の代わりにSPIをウェブテストで受験したのですが、この時に「懐かしい感覚」を思い出しました。

SPIは簡単な算数というかIQテストですので、久しぶりに方程式や図形の問題を解きましたが、「こんな頭社会人になったら使わないよなぁ、でもこれ系の頭って中高生だともてはやされるよなぁ」と相反する感覚を持ちました。(私はこの手のIQや算数のテストが非常に得意なので、この時はやたら感謝されて良い気分ではありましたけど。笑)

私は度々言っている事ですが、「頭の良さ」とは基準次第のところがあり、どんな能力を測定するのかによって、そもそも「頭の良さ」など全然変わります。

「頭が良い人間」がいるのではなく、「特定の基準における頭が良い人間」がいるだけです。

仮に大学入試が「TOEICと国語のみ」なら東工大の学生はマーチか人によってはそれ以下になるでしょうし、東大入試が「物理と数学のみ」なら山口真由も最難関レベルには届かないでしょう。

要は「基準次第」なのです。

そして

中高生の時は基準が理系寄り


社会人になると基準が文系寄り

なのです。

小中高生の時には、「文章が巧みに書ける」能力や「言葉を使って論理的に議論ができる」能力がある人間はさほど優秀だとみなされません。

むしろ、算数や数学の難問が解ける人間の方が「地頭がいい」となりがちです。

一方で、社会人になると、確かにプレゼンなどで簡単なグラフくらいは使うかもしれませんが、3次関数やベクトルなんてまず普通には出てきませんし、数学的な地頭など不要です。

しかし、逆に文章能力や論理的に人を説得する能力などが社会人になると極めて重用されます。

よく「ロジカルシンキング」などと言いますが、言葉を使ったロジックと数字や図形を使ったロジックはかなり異質です。

「数学ができないから論理的ではない」という推論はかなりありがちな極論です。(「数学ができた方が論理的な議論ができる可能性が高い」という程度なら正しいでしょうけど)

現実問題として高校数学はからきしできないのに言葉を使った議論では極めて論理的な人間はかなりいますから。

私にウェブテストを依頼してきたのは慶応の文系の学生ですが、「私地頭悪いから」と悲観的になっていましたけれども、話をしている限り決して頭が悪いと思いません。

ただ理系的な才能がないだけです。

理系的な才能がない=地頭が悪い

というのは、日本人の特に文系の人間に多い拡大解釈です。

あの村上春樹も数学や物理は死ぬほどできなかったらしく、最初から国立大学は諦め早稲田に進学したらしいですが、村上春樹が地頭が悪いわけありません。

単純に「向き不向き」の問題です。

野球が得意なのと歴史が得意なのに優劣がないのと一緒です。

要は、日本の学校教育が小中高でやたらと算数や数学を重視しすぎているからこそ、たまたま算数や数学ができないだけで「頭が悪い」と自分を貶めることになってしまうのです。

もしこれが小中高で作文能力やプレゼンで説得する能力が重視されていれば、「地頭」へのイメージもだいぶ変わるでしょう。

(村上春樹は小説家ですが、おそらくこういう意味の地頭というか言語系の能力は極めて高いはずですよ。)

「数学=地頭信仰」ついてちょっと考えてみたんですけど、なんで小中高でやたらと算数数学が重視されるか、私なりに仮説が立ちました。

要は、小学生なんて言葉や用語など何も知識がないわけですから、能力を図ろうと思ったら必然的に図形の問題くらいしか出しようがないのです。

微分積分のような高度な概念は小学生には理解できないですから、図形の問題などしか難しいテストにはならないのです。

また、日本史の深くて難しい論述問題なども小学生・中学生には出しようがありません。

ですから、「わざとこねくり回したような」ヘンテコリンな問題が中学受験や高校受験の算数・数学の試験問題では並ぶわけです。

まぁ、「できないよりできたほうがいい」とは思いますが、あの手の図形の問題などが一瞬で解けるような能力が大人になって文系の学問をしたりビジネスをしたりする上で「超重要か?」と考えるとかなり疑問です。

繰り返しますが、優秀かどうかなどは所詮「基準次第」ですから、ちょっと何かができない位で「地頭が悪い」なんて悲観する必要はないです。

もっと言えば勉強が仮にできなくても、ビジネスにおいて「頭が良い」人間や人の気持ちがわかるという意味で「頭が良い」人間もたくさんいます。

銀座のママ等や中卒で成功している社長が典型ですが。

一つのことができないだけで「私は能力が低い」と悲観するのは非常にもったいないですが、これが日本の教育の陥穽でしょうか。。。