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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

楽しいことをしよう

私はこのブログでたびたび、「幸福」について不遜ながら論じていますが、幸福とはそんなに難しいものではなく、「楽しい」と感じる状態が持続しているという単純なものです。

楽しい。

当たり前のようで、生きていて一番大切な感覚ではないでしょうか?

日本人、とりわけ東京人は、こんな当たり前のことを忘れてるように見えてしまいます。

見栄を張るために深夜まで働いたり、隣のママ友に自慢するために無駄な努力をしたり、「本末転倒」とはまさにこのことです。

私は「そんなことしてほんとに楽しいんですか?」と問いたくなります。

楽しいことをするのが人生の目的で、他の事は全て付随的なものです。

「楽しいことをするための人生」が気がついたら「人の目を気にしすぎて辛い人生」になってしまっているのです。

しかし、なんでこうなってしまうのか自分なりに考えてみたのですが、ほとんどの人は「好きなこと」があまりないんでしょうね。

人の目を気にせずに本当に夢中になれることや本当に好きなことがないから、他者との比較やマウンティングしかやることがないでしょう。

もちろん人間は社会的な動物ですから、社会の影響を全く受けない「完全なる自由意志」などはそもそもありません。

ですから、あくまでも相対的な違いです。

たいして車が好きじゃないのにポルシェやメルセデスを買ったり、ただただ自慢するために朝から晩まで働いてタワーマンションに住んだり、などというのは「本当に好きなことをやっている」と言えるでしょうか??

昨日も言いましたけど、年収3億円くらいで「そんなの苦労しないでできちゃうよ」という場合はシャレでメルセデスを買ったり六本木ヒルズに住んでもいいんですよ。

それに+ αして好きなこともやる分にはいいわけです。

問題は、「すごく無理してそれらを求めてる人」です。

こういった人は、俗的なアイコンを「必死に」求めていて、自分が本当に好きな事が何なのか、自分でもよくわからなくなってしまっているのです。

ですから、人生で何よりも大切な事は、「好きなこと」を見つけることかもしれません。

そしてそれはできる限りお金がかからないものがいいと思います。

例えば、将棋、草野球、プロレス観戦、読書、映画etc

私は今現在幸いにも、無理せずに代官山のタワーマンションに住めるぐらい稼いでいますが、サラリーマンや公務員ではなく経営者なのでいつ転落するかわかりません。

しかし、あまり転落する恐怖などがないのは、別にお金がかからない好きなことがたくさんあるからです。

もちろん今より入ってくるお金が半分とかになったら、今より生活水準は下がります。

それでもあまり幸福度がすごく下がる事はないだろう(ちょっとは下がりますけど)と楽観しているのは、私は本を読んだりブログを書いたりすることが三度の飯より楽しいので、別に貧乏になってもある程度の幸福感を維持できる自信があるからです。

「本が読めて、ブログが書けて、たまに1,000円のランチが食べられる位で、たまにサッカー観戦に行ける位のお金があればそこまで不幸にはならないだろう」と考えています。(逆に言えばこれができない位(東京だったら年収400万円以下位かな)所得が下がった場合、ちょっと無理してでもこれぐらいの事は出来るように頑張るべきでしょうね。ただ、それ以上はあくまでも「ボーナスポイント」と考えるべきでしょう。)

これがもし高級車を乗りまわしたり、派手な海外旅行をすることが「生き甲斐」ですと、貧乏になった途端不幸になってしまいます。

ですから、「お金がかからない好きなこと」を持つというのは、幸福感を維持する上で非常に大切だと思っています。

小金持ちになったり、地位を得たりするより根源的なレベルの満足感と幸福感が持続するからです。

仕事がものすごく楽しい人は幸せな人ですがまずそんな人はいないので、仕事ですら楽しいことや好きなことをするための手段と考えるべきでしょう。

「楽しいこと」、「好きなこと」をするための◯◯というように、人生の目的と手段を履き違えないようにすることが大切です。