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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

第一次・二次産業こそ実業である

都会のど真ん中にいると、飲食店や一部の商売を除き、ほとんどの産業が「見栄張り産業」であることに気づきます。

冷静に考えてみたら、ほとんどのものは別に必要ではありません。

ただただ「他者から羨望の眼差しを受けたい」という虚栄心を満たすための商売がほとんどです。

港区のタワーマンションに住んで、ポルシェに乗って、子供を私立に入れて、有名レストランでの食事をFacebookにアップしてetc

こんなことのために朝から晩まで死ぬほど働くとか、私には信じられませんね。

冷静に考えてみたらすべては「見栄張り代」です。

別に大して苦労しなくて上に挙げたような生活が出来るならいいんですけど、朝の9時から夜の10時まで働いて見栄を張ってどうするんでしょうか?(私は少なくとも1日8時間以上働いて今の生活をする位なら、1日5時間以内の労働時間でちょっと生活水準を落として自由な時間を増やしたいですね)

くだらないマウンティングに翻弄されたり、子供のサピックスの成績に神経症になるくらい夢中になって悩んだり体調を壊したりとか私には理解できません。

見栄は過労にも勝るほどの価値なのでしょうか?

どうも日本人、とりわけ東京の人間は価値の主従が逆転してると思うんですね。

(※繰り返しますが、「他者から羨望の眼差しで見られたい」欲望を満たすことが間違っているというのではなく、「それは労力に見合った価値なのか?」を私は問うてるわけです。

ここは誤解しないでいただきたいです。)

それと絡んでくる話ですが、東京ではどちらかと言うと、ホワイトカラーと言われている第三次産業の人間の地位が高いわけですが、よくよく考えてみるとこれもおかしな話です。

ストレートに人間の必要を満たす農業や漁業、飲食業などよりも何をやってるかよくわからない第三次産業の人間の方が価値が高いとされているわけですから。

第三次産業など、全てとは言いませんが、かなりの程度は虚業であり、結局人間のあくなき虚栄心に火をつけるだけの害悪です。

化粧品業者も転職業者もヨガも婚活業者も予備校も、「相対的に他者に勝って虚栄心を満たしたい」くだらない浅はかな人間がうじゃうじゃいるから成り立っているわけです。

アダムスミスではないですが、「本当に賢い人間」、つまり最低限の必要を満たして後は好きなことをすればいい、という人間などほとんどいません。

社会によって作り出された欲望に翻弄されている(ことに気づいていない)愚かな人間がたくさんいるから第三次産業など成り立っているわけです。

まぁ個人レベルでは、私の友人には賢い人間になって欲しいと思いますが、先進国の経済は作り出された欲望に翻弄されている愚かな人間がいるから回っているわけです。

賢い人間と愚かな人間が1:99位の割合で存在しているから日本経済や先進国の経済は回っています。

これ言っちゃおしまいですけど、もう我々に必要なものなんてないんですよ、本質的には。

食べるのに困らないし、本もあるし、スマホもあるし、冷静に考えたら我々には何もいらないんですよ。

ただ、他者からの承認を得るためにもがき苦しんでいるだけです。

他者からの承認などは、苦しんでまで得るものではありません。

(この辺はボードリヤールに詳しいので一読をお勧めします。)

自分の欲望が多分に作り出されたものである、という事実に大衆が気付いてしまえば、ほとんどの産業はなくなってしまいますから、ほとんどの人は気づかない方がいいんですけどね。

ひとつ前の「すべての産業はエロ産業である」と並んで、これは現代社会の不都合な真実かもしれません。