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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

人間の浅はかさについて

2つ前の投稿で、人はわかりやすいアイコンを好むというお話しをしました。

とりわけ都会の人間は「わかりやすいアイコン」で人を序列化し、人の優劣を決めつけたがる浅はかな輩ばかりです。

年収、住所、会社名、学歴etc

こういったアイコンは「あったほうがいい」し、おそらくアイコンがある方が幸せだったり優秀だったりする「可能性」は間違いなく高いでしょう。

しかし、所詮確率の問題であり、それが個人にあてはまるとは全く限りません。

それでも
「あの人は三菱商事だ」
「あの人は東大だ」
「あの人は六本木ヒルズに住んでる」
というだけで、なぜか「個人」としても優秀であったりひとかどの人物であったりすると過大評価してしまう人が後をたちません。

年収1億円で不幸せな人もいれば、年収300万円で幸せな人もいます。

三菱商事で1番仕事ができない人間よりは、4番手の総合商社で1番仕事ができる人間の方が仕事ができるでしょう。

早稲田を出て社会人としてくすぶってる人間よりは立教や明治を出て活躍してる人間の方が圧倒的に優秀でしょう。

もちろん先ほども言ったように、平均的には、「年収が高い方が幸せ」、「三菱商事の方が上」、「学歴が高い方が優秀」と言えますが、個人レベルではいくらでも「ばらつき」が出るわけです。

しかし、ほとんどの日本人は判断能力がないので、その「ばらつき」を自分の目で確かめようとしません。

アイコンだけを頼りに判断するのです。

それだけほとんどの人間は「浅はか」であるということです。

たしかに、企業が1万人から面接をする100人を絞ったり、よくわからない分野の本を買うときに肩書なり出身大学なりを一定程度見ざるをえないのは当たり前です。

しかし、「目の前の個人」を相手にするのにそういったアイコンを頼りにしてしまうというのはいかにも判断能力がなさすぎです。

やはり、これだけ日本人が権威に弱いというのは人を見る目がある人間が少ないという証左でしょう。

それから、結局わかりやすいアイコンの方が人に自慢しやすいですからね。

「私の旦那は三井物産」
「私の息子は京大」
「私の車はポルシェ」
とアイコンを語る方が「実質」を語るより楽チンです。

会話や文章で論理性を示すとかではなく、ただ所属やブランドで自慢するほうが早いですからね。

それだけくだらない人間が多いということです。

ちなみに最後に一言。

ここまで丁重に書いてまさか勘違いする人はいないと思いますけど、「肩書きなんて関係ないぜ」、「学歴なんていらない」などとは私は一言も言ってないので、「一般論と個別論の違い」に着目してください。

人間の浅はかさについて。