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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

絶対的貧困と相対的貧困について

湯浅誠さんの興味深い記事を拝見しましたが、「子供の貧困」に関して、上の世代の方から冷たい意見を聞くことがあるそうです。

「焼け野原から立ち直った我々から見ると全然貧乏と言えないよ」
「修学旅行に行けなくたって死ぬ事はないじゃないか」
「大学に行けないからって何か問題なのか? 私は中卒で働いたんだぞ」
etc

たしかに、今の日本の子供の貧困は見方によっては「たいしたことはない」のかもしれません。

餓死する人間はいないわけですから、サハラ砂漠で飢え死にする子供と比べたらマシかもしれません。

しかし、教育を受けてない子供は(大人でもそうですが、とくに子供は)、身近なクラスメートと自分を比べるわけですから、「修学旅行に行けないから死ぬわけじゃない」と言われても困ってしまうと思います。

朝日訴訟あたりでも問題になりましたが、幸福感というのは、やはり身近な他者と自分の比較によって生まれます。

教育を受けて大人になれば、「いまどれだけ辛いといってもサハラ砂漠の子供や特攻隊で死んだ人間よりマシだな」などと視野を広げて考えられるでしょうが、教育を受けていない子供にそれを強いるのは少し酷でしょう。

人間の幸福感とはいろいろな意味で相対的です。

「普段の自分(デフォルト)からの差異」
「周りの人間からの差異」

といった差異や比較により幸福度というのは決まりますから、「昔の貧困に比べたら生ぬるい」という主張は少し失当だと私は思います。

感覚ですが、クラス50人のうちの48,9人ができることができないのであれば、それは「生ぬるい」と言わずに助けてあげるべきでしょう。