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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

食べ方の自由はない

最近、とある焼き鳥屋さんが「焼き鳥を串からはずして食べないでください」とお店の中でアナウンスメントしているのを見ました。

「お客様は神様」という間違ったフォークロアが日本でははびこっているので、「どう食べたって客の自由じゃないか」と、このアナウンスメントに反論したい人もいるでしょう。

しかし、「お客様は神様」でもなんでもありません。

これは飲食店に限らず、あらゆるビジネスはサービスとお金の「交換」をしてるだけですから、特に「お客さんが偉い」などと言う事はありません。

そして飲食店などでは、料理人が場合によっては人生をかけて料理を作ってるわけです。

料理人と客の「共同作業」によっておいしい料理はできあがっています。

ですから、「最もおいしい食べ方」をプロが推奨している以上、それを無視する自由は客にないと私は思っています。(ラーメン屋の濃さや硬さ、ステーキの焼き方のように、向こうからこちらに意見を求めている場合は別ですけど)

最近はお寿司でも、シャリを残すような食べ方をする女性がいますが、当然これも言語道断です。

「シャリを残すような食べ方をするのであれば、最初から寿司屋に来るな」と私は言いたい。

寿司屋に来ていながら、「私は客なんだからどう食べたって私の自由じゃないか、金払ってるんだから」というのは全く筋違いです。

もちろん今私が話してるのは法律の話ではなく倫理の話ですから、別に刑務所にぶち込まれることもなければ罰金を取られることもありません。

しかし、繰り返しますが、私は「人に迷惑をかけていないから私の好きなように自由にたべていいだろう」という意見には賛成できません。

「迷惑をかけていないんだから自由でいいじゃないか」という発想は現代社会のあらゆる病理の根底にある問題ではないでしょうか。