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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

人は何を褒められたいんだろう

最近遺伝の話をよくしていますが、おおざっぱに言うと、他者から評価される人間の価値というのは遺伝と努力に分けられます。(「努力できること」自体ある程度遺伝と言えますが)

学校教育でも会社でも、人は皆努力の大切さを説きます。

しかし、現実問題として、遺伝で決まる才能を褒められたいのか、努力を褒められたいのか、と言えば、ほとんどの人は前者を褒められたいのではないでしょうか?

「努力して化粧で美人になっている」よりは「生まれ持った顔が可愛い」ほうがずっと価値のあることだと女性は思っているでしょう。

勉強好きな高校生も「ゴリゴリ努力してできる」より「地頭やセンスでできている」ほうがずっと価値が高いと思っています。

世界史や生物ができても誰も褒めてくれませんが、物理や数学ができると一目置かれるのは、「努力では超えられない壁」が顕著だからでしょう。

人間の感情として、われわれはどこかで「選民思想」を持っているんでしょうね。

努力ではなく、「持っている」人間だと思いたいんでしょう。

努力を礼賛しながら、センスや才能があることをわれわれが欲しているんのは、ちょっとアンビバレントで面白いですよね。